雨が降り止まぬ3月も末のある日、学校が春休み中の娘と山口県防府市にある周防国分寺を再訪しました。
1月に参拝した折、帰る道で娘の体調をこちらの仏様が治してくださったとのことで、そのお礼の参拝です。
その時の過去記事↓
霊的に観える方と最近ご縁が出来たので確認すると
「お薬師さまのお姿が観えますよ。」
とのこと。
直近で娘が手を合わせたのはこちらのお薬師さまだし、間違いない!と親子共々確信しました。
雨混じりの台風並みの強風が吹き荒れる中、山口へ向かう高速道を運転中絶えずハンドルを取られそうになりました。
なんで、こんな日に行くことになっちゃったかなあ・・・!
とつぶやきながら、山口県に入ってしばらく走るうちに急に陽が出てきて天気が回復傾向になったのでホッとしました。
お寺に到着し拝観料1人500円を払ってご本尊がおられる金堂の中に入ると、先に来られていたお客様にガイドの方がお話しされている最中でした。
(堂内は撮影禁止)
しばらくして私たちだけになり、今日はこの後特に用事もないことだしとガイドの方にお話をお願いすることに。
実に丁寧に周防国分寺の創建から時代の変遷と現在を説明してくださり、しかもお上手な語り口で気がつくと1時間近くもの時が経っていました。
歴史好きな私は時折質問したり、ワクワクして耳を傾けました。
聖武天皇の御代から規模は変えつつも同じ場所に現在も国分寺が建っていること
ご本尊が、当初お釈迦様だったのが奈良時代も終わり頃、今のように疫病や天災が続き
現世利益を願って、国分寺のご本尊がお薬師さまに代えられたこと
時代の中でお寺もボロボロになった状態から、大内氏から毛利氏と変わりながらも有力者の庇護が続いて修復され、今まで残る事が出来たこと
戦争時に空襲に遭わなかったことで焼失が免れたこと
などなど、教科書では学ばなかったこと等も細かく面白く聞かせていただきました。
「もっとたくさん参拝いただいたら良いんですがなあ・・・。」
とのことでした。
それにしても・・・鋭い眼差しの大きなお薬師さまや日光・月光菩薩立像に四天王、12神将がずらりと居並ぶ立体曼荼羅状態の景色を眼前にして1時間近く居続けたせいか、何やら体の芯からすっきりと邪気が消え失せたような感じがしました。
お話をじっくり聞いたあまり、ランチタイムを逃してしまいました。
境内散策後、ぶらぶらと車道に出て歩きながら
防府は雅な雰囲気が漂ってええねえ。
と娘と話しつつ防府天満宮参道そばのまちの駅を目指しました。
まちの駅の売店でテイクアウトのスイーツを買って取りあえず糖分を補給し、せっかくだからと防府天満宮を参拝することとしました。
鳥居をくぐると、なごやかな雰囲気漂う境内がまた気持ちよくて、雲間から太陽ものぞきすっかりくつろいだ気分で参拝することが出来ました。
まちの駅で見た動画によると
防府天満宮は菅原道真公がお亡くなりになった翌年に建てられた日本最初の天満宮とのこと。
菅公(菅原道真)が太宰府に流される際、本州最期の地としてこの防府に立ち寄られたそうです。
西暦903年3月26日に太宰府の地で亡くなった際、この地にご神光が来て山に彩雲がたなびき、翌年菅公を祀る天満宮が出来たとのこと。
参拝して帰宅途中に今日が3月26日と気がついて
道真公が亡くなられた日じゃん!!
とびっくり!
帰宅して夫にそのことを伝えると
「たまたまじゃろ。」
といつもの弁。
たまたまがやたら多いよねえ。
と返答しつつ今日の参拝に心から感謝したのでした。
周防国分寺 金堂
境内にある樹齢1000年の槇の木
下から見上げるととても優しい雰囲気で癒やされました