観えたこと想うこと草子

旅と歴史をメインに少しスピリチュアルなお話を綴ります。

イベントに参加してわかったこと

気がつくとずいぶんブログを更新していなかったことに驚きました。

 

入院中の母親の転院、息子の大学の学部が2年から場所が変わることによる引っ越し手続き、その他日々のあれやこれやであっという間に2月も終わりそう・・・

 

久々書く内容は

 

イベント参加

 

です。

 

人生初、イベントへの参加を経験しました。

 

場所は私の居住する島で開催されました。

 

私が提供したサービスは「ヒーリング」でしたが・・・

 

チャリティーイベントを開催する主催者側の知人から強烈に出店の要請があり、悩んだ私がすでにスピ的リーディングを生業としている広島市内在住友人Aさんに相談したところ

 

「一緒に出ようよ!」

 

と逆に言われてしまい

 

アウアウ~

 

ともだえつつも、イベント出店という運びになったのでした。

 

でも

 

気に入らない。

 

なんで、こんなに強引に誘われにゃいかんのだ・・・

 

事前にイベントの詳細を教えてもらえなかったので、Aさんも参加との返事を兼ねて確認したところすぐに教えてもらえず、3週間後にやっと連絡が来たぐらいのいい加減さ。

強引さの影に不誠実さがちらほら・・・

 

確かに、ヒーリングの勉強をして、セッションをすることも出来るけど

 

それは自分や家族、友人のため。

 

たま~にお願いされて、良心が痛まない金額でセッションをすることがあるけれど・・・

 

仕事にする気は毛頭無い。

 

最初から

 

運営側のやり方が全く気に入らない。

 

いけいけドンドンで、

 

出店内容のダイジェスト版を作って即日返答しろ

 

とか

 

当日の運営状況をこちらが聞くまで教えてくれない

 

とか。

 

Aさんは

 

「却ってその方が気が楽じゃん!適当でいいし」

 

とあっけらかんだけど、こんな人を大事にしないやり方、私は気に入らない。

 

気に入らないっっっ!!!

 

と怒りまくる私に、娘が

 

「お母ちゃん、いっぺん出てみりゃええじゃん!

Aさんは楽しんで参加しようとしよるのに、なんでお母ちゃんは楽しめんのん!」

 

と叱られ、当日を迎えました。

 

ストライクゾーン狭めな自分なのは分かっているけれど

 

1人だったら断ってるよなあ・・・

 

嗚呼・・・虎穴に入らずんば・・・

 

会場は古民家を改装した民宿で、そばに共催者のカフェがあって出店者はお昼のランチがとれるようになっています。

 

が、

 

そこのランチをとるつもりがない私は自分用の弁当を用意し、割り当ての部屋に籠もって1日本を読んで過ごそうと分厚い文庫本を持参しました。

 

どうせ・・・

誰も来んじゃろう・・・

 

来てみると、出店者は私とAさんを入れて他に2人だけでした。

そのうちの1人は物販の商品だけ納入して主催者側の人に売ってもらう形になっていました。

 

Aさんは昼前に来るというので、10時の開店時はもう1人の物販の方と私の2人が会場にぽつんと佇んでいる状態。

 

通りから引っ込んだ所なのに立て看板もなく、最初の2時間近くは誰も来ませんでした。

 

ほ~れ見ろ!

 

誰も来ないし、主催者の誰も挨拶にも来ないし、物販の方とおしゃべりして過ごしたり、お互いのお客になったりしました。

 

でもですね

 

これが、まったりと楽しかった。

 

こんなんで1日(終了は17時まで)過ごすのも悪くないなあ~~

 

と思っているところにAさん到着。

 

Aさん目当てのお客様も入ってきてすぐにセッションが始まりました。

 

さすがプロ・・・

 

と横目で眺めていると

 

「蓮花さんイベント出るって聞いたから来たよっ」

 

という人を含め友人知人や飛込みのお客様が次々と来て、終わってみると6人のお客様でした。

(うち1人は逆にセッションしてもらったので返金)

 

15分500円のセッション料金

 

と予定していましたが、初めて見るとけっこう話し込んだり丁寧にヒーリングしたりで1人30分以上かけてたみたいです。

 

なので、午後からはほぼ休み無くセッション三昧でした。

 

結果分かったことは・・・

 

30分以上丁寧ヒーリングセッションに対する500円というのがどうもエネルギー的にバランスが良くなかったらしく、終わる頃には右のまぶたが殴られたように垂れ下がり、頭がややもうろうとして足下がフラフラしました。

 

「それってやっぱりバランス悪かったんだよ~。」

 

と経験豊かなAさんに言われました。

 

う~む

体験しないと分からないことがこの年でもあったか・・・

 

イベント終了して後片付けをしてから、何だか冷ややかな雰囲気の主催者の人に適当に挨拶をして、友人と早々にそこを出ました。

 

くたびれたのでお茶でもしながら反省会しようということで近くのファミレスに行きました。

 

いろいろ喋るなかでAさんが教えてくれたのが

 

私と主催者、それぞれの大事にするものが全く違う

 

ということでした。

 

イベント主催者は、出店者への細かな連絡や配慮は後回しでとにかく開催と実行に重きを置いている

 

反して私は、イベントを通して出店者やお客様など、人との関わりや気持ちよく協力しあう点を大事にしている

 

だからお互いかみ合わないのだそうです。

 

「うちらだけでイベントなんて出来っこないじゃん?

でもあの人らは簡単にそれが出来るんよ」

 

でも、あんなやり方でいつまでも上手くいくとは思えないけど・・・

 

「人それぞれ大事にしている点は違うからね」

 

ふ~ん・・・

 

不器用かもしれないけれど

私は自分の大事にしていることを大切にしようと思いました。

 

次々と間断なくお客様が来られるイベントは、体力的に無理だなあ・・・ということも実感しました。

 

私のセッションを受けた知人の1人から

 

「蓮花さん、イベントは合わないんじゃない?」

 

と言われてしまったし・・・

 

それが分かっただけでも今回は収穫としよう。

 

 

 

翌日娘と島のレストランで慰労会をしました・・・

 

 

 

 

関東への旅 続き

2日目も関東地方は快晴。

 

大寒波到来」

 

とテレビのニュースで騒いでいたので、けっこう着こんで外に出たところ、全然普通の寒さでズッコケました。

 

時間より早めにMさんとの待ち合わせ場所に到着。

 

バス停に設置してあるベンチに座って待つことにしました。

 

忙しそうに道行く人が次々と足早に私の目の前を通り過ぎていきます。

 

私もかつては、日々の仕事に向う人の波のひとしずくだった・・・

 

あの頃にはもう戻れんなあ・・・

 

ぼんやり考えにふけっていると、Mさん登場。

 

ここから歩いて行ける場所に時宗の総本山があるとのことで、行ってみることにしました。

 

ここ藤沢市東海道五十三次の宿場町の一つで、歩く道沿いにその名残をとどめるように黒い木材の古いお屋敷が何軒か建っています。

 

関東大震災や戦争の空襲を乗り越えた建物なのだろうか・・・

 

いつ頃からの時代かは分かりませんが、時代を超えて残ったものには迫力があります。

 

郷土資料館が道路沿いにあるのを見つけて、後で行くことにし、先に時宗の総本山

 

遊行寺

 

へ行くことに。

 

当山は通称「遊行寺」の名で知られており、正式には藤澤山無量光院清浄光寺と号します。

 

開山は俣野(現在の藤沢市横浜市周辺)の地頭であった俣野氏の出身である遊行4代呑海上人です。

その兄である俣野五郎景平の寄進により正中2年(1325)に創建されました。

 

創建以来、数度にわたる戦火、火災により堂宇は度々焼失し、その都度復興してきました。

 

寛永8年(1631)に江戸幕府寺社奉行から時宗総本山として認められました。

 

現在の遊行寺は、東海道随一と謳われる木造本堂をはじめとした伽藍(平成27年(2015)に10棟が国の登録有形文化財に登録)や樹齢700年と推定される大銀杏などを有する修行道場として、また市民の憩いの場として今日に至っています。

時宗総本山 遊行寺HPより)

 

門から入ってすぐのところにそびえている、大きなイチョウの木にびっくりしました。

 

イチョウ

 

 

きちんと整えられた広々とした境内は静かで、参拝する人はほとんどおらずMさんと私の2人だけ。

 

木の葉をカサコソ踏みしめながら歩きながら、本堂に到着。

 

中に上がれる様子なので、入ってみることにしました。

 

ご本尊の阿弥陀様に手を合わせ

 

し~~~~~ん・・・・・・

 

とした堂内でしばし空間と静けさを味わいました。

 

思えば・・・

遠くへ来たものだ・・・

 

「外を歩いてみましょうか。」

 

Mさんに促されさらに境内をうろうろ・・・

 

史跡もあったのですが、勉強不足で見逃してしまい、歩き回るだけで終わってしまった次第。

 

静かな境内

 

そこから元に戻って「ふじさわ宿 交流館」という郷土資料館を見学。

 

東海道五十三次の宿場町の一つ、ここ藤沢の江戸時代の資料や映像を見て回りました。

 

そろそろ昼に近づく時間・・・

 

そこからバスでJR駅まで移動。

 

いよいよ鎌倉へ行くことに。

 

駅から歩いてあちこち眺めると、雅な古都の雰囲気が漂って瀟洒な感じ。

 

鎌倉市内ではおしゃれなレストランで食事をして、しばしリラックス。

 

「遠くから来られているから・・・」

 

とMさんにご馳走していただきました。

 

そこから古民家を改装した資料館のような所を見学している時、私に異変が起こりました。

 

2階の展示スペースを見ている時、左上腕を何かにつかまれたような痛みが・・・

 

習得したヒーリングの浄化メソッドを施すと軽くなった感じがしたのでそのままほっときましたが、ホテルに帰ってからお風呂に入って左上腕を洗っていると

 

痛っ・・・!

 

するどい痛みが残っていたので

 

ゾ~~~!

 

としました。

 

指の跡が残っていたら怖すぎるので、鏡で確認はしませんでしたが・・・

 

閑話休題

 

そして、いよいよ

 

鶴岡八幡宮

 

始まりは、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請(神様の御分霊を他の地に還し祀ること)したことです。頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。

その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造りました。

鶴岡八幡宮HPより)

 

参道がとにかく広く長くまっすぐで、周りはお店がたくさんあって人もごった返していて、賑やかな場所にきょろきょろとお登りさん状態で歩きました。

 

「この参道は北条政子の安産を祈願して作られたんですよ。」

 

Mさんが説明してくれました。

 

ひえ~~~

すっご~~!

 

ますます目を丸くしながら歩きました。

 

上を見上げると、夕暮れ近くの空に雲が重くたちこめ今にも雨が降りそうな気配になってきました。

 

私の参拝ってやっぱり喜ばれてないのかなあ・・・

トホホ・・・

 

「無礼は好まぬ」

 

突然

頭の中に言葉がズシンと入ってきました。

 

「どうされました?」

 

あの・・・今「無礼は好まぬ」って若干お怒りの声が頭の中に入ってきて・・・

 

「・・・さっき、神社の看板を足で蹴ってる人がいて・・・注意しようかと思ったけど,心の中で諫めることしか出来なくて・・・」

 

Mさんが悔しそうに話してくれました。

 

それは気がつきませんでした!

そんな○ホがいるなんて!

 

と言いつつも

 

そのことかなあ・・・

私のことかもしれない・・・

 

「平家まみれのお前が来るか!」

 

てお怒りかもなあ・・・

 

しょんぼりしながら有名な階段を歩きました。

 

この十三段目で実朝が公暁に暗殺されたということですが、皆さん普通に歩いていて特に何も感じませんでした。

 

階段を登り切ったところで突然、遠い西の雲間から夕陽が射してきて、私たちの立っている一帯を明るく照らしました。

 

あれれ・・・

 

中越しにまぶしい夕陽に目を細めました。

 

「すご~い!急に照ってきましたね!」

 

はしゃぐMさん。

 

そして、大きな拝殿前についたとたん

 

高天原に~~」

 

祝詞が始まってびっくり!

 

参拝のタイミングでご祈祷が始まるのは歓迎のしるしと聞いたことがあります。

 

まさか!

私は歓迎いただいているのだろうか・・・

 

「あるはずがない」

 

と思っていた現象があるなんて。

 

畏れ多くて、慌てて参拝の感謝を心の中で唱えるばかりでした。

 

それにしても

 

こんなにも大きく豪壮な建物はなかなか目にすることがなかったので、鎌倉幕府のご威光はすごいなあ~とひたすら感嘆するばかり。

 

また長い参道を歩きながらMさんと語らいました。

 

平清盛さんはこちらの地方では極悪人なんですよね?

 

「・・・そうです。」

 

親類縁者を次々と要職につけたり、都を強引に遷させたり、後白河法皇を幽閉したり・・・

エトセトラエトセトラ・・・ですけど、確かにワンマンぶりはあったかもしれないけれど・・・

 

突然

 

みぞおちからふわっと思いがあふれてくるのを感じました。

 

この国を

 

強く、豊かな国にしたかった

 

その思いが本当に・・・強すぎたのかもしれませんね。

 

「・・・歴史は勝者が書き換えるって言いますよね。」

 

Mさんが静かに言葉を結びましたが

 

その声には諸行無常の響きあり・・・

 

 

「ところで、気がつかれてました?」

 

はい?

 

「私たちの周り、人がいなくなってるんですよ!。」

 

見回すと、前後は50mほど、左右も道幅いっぱい人がいない状態になっていました。

 

Mさんによると大勢の人で常ににぎわう参道なので、珍しい情景とのこと。

 

う~~~ん・・・・・・

 

どういうことなんだ・・・・・・?

 

どういうことなんでしょうね・・・?

(写真はお借りしました)

 

そこからしばらく歩いて路地裏のような道を歩いて

 

ぜんざいの名店に入り一休みしました。

 

昔から有名なお店とのことで、店内は満席で外では何人も待っている状況でしたが運良くすぐに座れました。

 

私の住んでいる広島では

 

わりにまるい味の甘さ控えめなぜんざいを出すお店が多いのですが、こちらのお店は塩味くっきりと、ぱっきりとした甘いお味でそれはそれでとても美味しかったです。

 

西と東でこんなにも違いがあるのだなあと興味深く感じました。

 

地元の人ならではの場所に行けたので、Mさんに有り難く感謝。

 

そして

 

家を改修した美術館を見て回ったり、賑やかなお店が続く通りを歩いたり。

 

気がつくともう真っ暗。

 

本当にたくさん歩き回りました。

 

Mさんお疲れ様でした!

本当にありがとうございました!

 

お礼をのべ、次に会う機会を楽しみに!とお名残を惜しみながら藤沢駅でお別れしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関東への旅 

この夏に父が入院し無事退院したと思ったら、秋に入って今度は、施設に入所中の母が低酸素状態になって施設提携の病院に入院。

 

認知症でほとんど寝たきり状態の母ですが、徐々に持ち直してきて退院の話が出始めてホッとした今日この頃。

 

気分転換を兼ねて1人旅をすることにしました。

 

行き先は、今年の一月に参加したチャリティーバザーで知り合った方(Mさん)の住む神奈川県藤沢市とお隣の鎌倉市

 

Mさんとは、バザー出品のため広島に来られた際、仲良くなりました。

 

今回の旅程は2泊3日で、最終日の3日目はMさんと別れて東京に寄ってから広島に帰ることに決めました。

 

東京は、ずいぶん前に願をかけたことを叶えていただいた寺社があるため、数年ぶりのお礼参りです。

(今から思うと、なんで広島から遠く離れた東京で願をかけたかなあ・・・)

 

関東は今までの人生で数えるほどしか行ったことがなく・・・というのも私の守護の方(けっこう攻めで関わってくる)から

 

「お前は東にあまり行くな。」

 

と止められていた場所。

 

この場合東というのは、近畿地方から東方面を指しています。

 

今まで

 

出張や家族の用事で東方面へごくたま~に行くことはありましたが、旅行として行くことは全くありませんでした。

 

先ほどの理由の他には

 

私の両親は瀬戸内海に浮かぶ島育ち。

ルーツは島にあると聞いていたせいもあります。

 

もしかするとそこは・・・源平合戦で敗れた平家軍が、壇ノ浦に逃げる途中に立ち寄った島の一つである可能性はある。

 

平家の落人が何人か島に住み着いたかもしれない。

私には落人のDNAが多少なりとも入っているかも。

 

確かめたことはありませんが、小さな頃からいやというほど平清盛公はじめ平家一門が深く尊崇した厳島(宮島)に連れて行かれ、今もそれでは足りぬかのように度々参詣しているし

 

今私が住んでいる場所は音戸の瀬戸の目と鼻の先。

 

買い物やドライブの度に必ず通る場所です。

 

音戸の瀬戸は清盛さん(こちらの地域ではこう呼んでおります)肝いりで、日宋交易の航路として掘削した場所。

 

神戸の大輪田泊(おおわだのとまり)修築といい

 

物流の重要性をあの時代誰よりも理解していたのは、清盛さんだったのではなかろうか

 

と私は捉えています。

 

とにかく

 

私という人間は、平家に関することは十分に馴染んでいることは確か。

 

今回東方面というだけでなく

 

源氏の本拠地である鎌倉へ行くことになってしまった・・・

 

もし行けなくなったら,止められてるってことだよね

 

と思いつつ、何の妨害もなく出発日を迎えました。

(大げさに捉えすぎ?!)

 

出発した1日目は雲がほとんど無い温かな日本晴れ。

 

乗っている新幹線からは稜線くっきりと富士山がよく見えました。

 

 

幸先いいぞ・・・

 

と思いながら、新幹線の新横浜~横浜駅藤沢駅と乗継ぎながら移動しました。

 

途中の横浜駅では迷ってしまい駅員さんにホームを聞いたりしながら乗継いで、Mさんと待ち合わせの藤沢駅で無事合流。

 

久しぶりに会うMさんは、相変わらず輝くような笑顔で出迎えてくださいました。

 

駅近辺に予約しておいたホテルに荷物を預け、まずは藤沢市の観光名所の一つ

 

江島神社えのしまじんじゃ)へ。

 

ご祭神は、天照大神あまてらすおおみかみが須佐之男命すさのおのみことと誓約された時に生まれた神で、三姉妹の女神様です。

 

・奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)

中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)

辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)

 

この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神(えのしまみょうじん)と呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます。

江島神社HPより)

 

藤沢駅から私鉄の線路で最寄りの駅で降り、そこからは徒歩で向いました。

 

その前にまず腹ごしらえ。

 

風がびゅうびゅう唸るように吹きつける中、紅茶専門のカフェで軽くランチ。

 

Mさんは食べきれないと残されましたが、私は遠い東の地への旅行の緊張と、アドレナリンが出ていたせいか完食。

 

カフェを出て、賑やかな参道を山手の方へどんどん歩き、エスカレーターに乗ったりして、辺津宮に到着。

 

境内はたくさんの人で賑わっています。

 

拝殿の方へ向って歩くと

 

あれれ・・・

 

頭が左方向に引っ張られます。

 

あの・・・こっちに引っ張られるのですけど、何かあるんですかねえ?

 

Mさんは不思議そうな表情をしつつ

 

「まずは参拝しましょう」

 

と拝殿で手を合わせました。

 

手を合わせてご挨拶してから、私は実家用にお守りを購入してまずは右奥に進んでみましたが、行き止まりでした。

 

左に向って戻ると八角形の奉安殿というお堂が目に入りました。

 

拝観料を支払って中に入れるようになっています。

 

Mさんも行ったことがないとのことで、拝観することに。

 

外は賑わっていますが、小さなお堂の中は私たち以外誰もおらずしんと静まりかえっています。

 

ガラスごしに弁天様が二体おられ、一体は着衣の八臂弁財天(はっぴばんざいてん)さま、もう一体は真っ白な裸のお姿の妙音弁財天さま。

 

このお二方が何というか・・・生きているようで、特に妙音弁財天様の目がキラキラと輝きこちらをじっとご覧になっているように見えます。

 

白く輝くような妙音弁財天さまをじい~と眺めつつ手を合わせていると

 

願いはないのか?

 

ヒョイッと頭の中に聞こえてきました。

 

え・・・あ・・・あの・・・こちらの弁財天さまが「願いはないのか?」と言われてます。

 

Mさんは直感がするどく、この手の話は大丈夫な方なのでお話ししてみました。

 

「お願い?はい!」

 

といってMさんはゴニョゴニョと何かつぶやきつつ手を合わせました。

 

すると

 

「それだけか?欲が無いのう・・・」

 

と聞こえてきたのでMさんにそれもお伝えました。

 

「ホホホホホ・・・・」

 

と妙音弁財天さまが今度は笑っておられます

 

と言うようにほぼ同時通訳のようにMさんにお伝えして、何だか私もぼお~としてきました。

 

Mさんは

 

「ほら、あそこ!弁天様のシルエットが動いてる・・・」

 

とガラス越しに見える影をさして目を丸くしていました。

 

この妙音弁財天さまはMさんばかりじっとご覧になられているようで、私と立つ位置を変わってみてもMさんに視線が動いているように見えました。

 

ウソかマコトかは別にして、このお堂の中はそんな気持ちにさせる不思議な空間でした。

 

Mさんは弁財天さまに気に入られている気がして

 

こちらのお堂にちょくちょく来られるときっと弁財天さまが喜ばれると思いますよ

 

とお話しました。

 

Mさんは、江島神社には来たことが何度かあるけれど、このお堂には初めて入ったとのこと。

 

お堂に入らずとも、弁財天さまはMさんを以前から気にかけておられたのかもしれません。

 

Mさんを想う弁財天さまとMさんを仲立ちできたみたいで、何だかほっこりと嬉しくなりました。

 

この後はずいぶん歩き回ってくたびれたので、カフェのある場所でジェラートを食べながら相模湾を一望できる場所で一休み。

 

海をはさんで遠くに富士山のシルエットがくっきり浮かんでいます。

 

たくさんの人がスマホで写真を撮りながら

 

「富士山が見える!」

「来た甲斐があったねえ!」

「良いことあるかなあ・・・」

 

と口々に喜びの声を上げていました。

 

中には涙ぐんでいる人も・・・

 

姿を見せるだけで富士山にはこんなにも気持ちを高揚させる力があるのか・・・

 

私も目に焼付けるように富士山を眺めました。

 

遠くにくっきりと富士山のシルエットが・・・

 

夕陽が沈む相模湾

 

だんだん薄暗くなってきたので、山を下りることにしました。

 

途中断崖絶壁の場所があって、海からの吹き上げる風が実に心地よかったです。

とても雰囲気のある場所でした。

(もしかして名所かもしれないけど・・・)

 

また私鉄の電車に乗って藤沢駅まで戻り、もう真っ暗になっていたので明日の待ち合わせの時間と場所を決めてMさんと分かれました。

 

クタクタだったのでホテルに入りチェックインし、部屋に入って熱いお茶を入れて参道で買ったお饅頭で一服することにしました。

 

お昼が遅かったし、興奮しているせいか全くお腹が空かず、この日はお茶とお饅頭が夕食になりました。

 

少し休んでからホテルを出て、Mさんに教えてもらった駅近くの大きな本屋さんへ行くことにしました。

 

藤沢駅周辺はデパートやお店がたくさんあって本当に賑やかで便利!

 

本屋さんでは見て回るだけで何も買わずに出て、少し周辺を歩いてからホテルに戻りました。

 

お風呂にお湯をためてはいったところ、温泉のような温まり具合で驚きました。

 

お水も美味しいし、どこの水系なのだろうと思ったけれど疲労で頭がもうあまり回らなくなっています。

 

枕が違うのが気になって寝付きはよくなかったけれど、無事1日を終えられたことに感謝しつつ眠りにつきました。

 

 

雨の日の宮島

小雨が降りしきる秋のある日。

 

娘と安芸の宮島に行きました。

 

うちから車で2時間弱の運転で宮島口のパーキングに到着。

 

そこからフェリーに乗ります。

 

宮島の桟橋に降り立つと、もう空気感が違います。

 

やっぱり神さまの島じゃねえ~~!

 

と娘と言いながらてくてくと割と人通りが少ない町屋通りに向う道に進みました。

 

娘も私も人混みは苦手。

 

なので、最近は海沿いの参道を通らず、こちらの道を通って厳島神社に向います。

 

しばらく歩いてなぜか首がくるっと横を向きました。

 

 

目の先に階段が続きその向こうに鳥居がありました。

 

 

ここに神社があるなんて、何十年と宮島に通いましたが初めて知りました。

 

日頃の運動不足を嘆きながら階段をあがりました。

 

今伊勢神社

ご祭神 御祭神 天照大神八幡大神春日大神素戔嗚尊猿田彦神、興津彦命、興津姫命

ネットで調べると伊勢から勧請されて来られたとのこと。

 

手を合わせると

 

柔らかく静かな女性の雰囲気のエネルギーを感じました。

 

ようこそ参られました・・・

 

と聞こえたような気がしました。

 

頭に金色の冠

白い衣装に青地に黄色の刺繍模様が入った帯を長く腰から垂らしたお姿が脳裏に浮かんできました。

(最近はイメージしたものはそのまま受け入れることにしています。)

 

ここは

 

赤い大鳥居が真横から見え、街を一望できる眺望のよい場所です。

椅子も設置されてゆっくり出来そう。

 

大鳥居が真横から見えました

 

こんな看板を見つけました

 

実はこの場所は ↓

 

毛利元就が陶氏との合戦にそなえ築城した宮尾城の城跡。小丘の最高部(27.1m)に本丸、東に二の丸、西北・西南の尾根に出丸がありました。ここから陶軍が陣を敷いた塔の岡(現在は豊国神社と五重塔が建つ場所)が一望できます。

(広島公式観光サイト HPより)

 

後からネットを検索していて

 

そうだったか!と。

 

でもこのときは

 

誰も来なさそうな雰囲気・・・

 

とただ周りを散策して景色を眺めるだけで、歴史の感慨に耽ることもなく過ごしました。

 

今日は娘のお守りをお返しして新たなお守りを購入する目的があったので、後ろ髪を引かれる思いで先を急ぎました。

 

雨が降っても道は相変わらずの賑わい。

 

厳島神社は人の列が長く続いていたので、今回は参拝を見送りました。

 

赤い社殿を右手に見ながらさらに歩いて、大願寺に到着。

 

日本三大辨財天の一つとされている厳島辨財天様がお祀りされているお堂に向い手を合わせました。

 

いつもセッションをお願いしている霊能者さんによると、陽気でやさしい辨財天様とのこと。

 

賑やかな場所がお好きだそうで、宮島の街中にもよく繰り出されるそうです。

 

お賽銭を入れて手を合わせてからゆっくり境内を見渡すと、お堂の屋根の上に大きなどなた様か存在を感じました。

 

大きさにして5mぐらい・・・という雰囲気。

 

変な説明ですが、5mぐらいの何かというか、そんな感じがするのです。

 

辨財天様は大きいと聞いたことがあるので、雨が降る中屋根の上にこの日はおられたのでしょうか。

(雨は問題ないのかな?)

 

それから

 

娘のお守りを購入するため、さらに歩いて大聖院に向いました。

 

ここでも長い参道の階段をえっちらおっちら歩きました。

(嗚呼!運動不足!)

 

ご本尊の十一面観音様と波切不動明王様をお参り。

 

この頃になると歩きくたびれて、十一面観音様のお堂に上がりしばらくぼお~と時を忘れて過ごすのがお決まりのパターン。

 

今日は十一面観音様のお顔がいつもよりくっきり見えるのが不思議。

 

癒やされるなあ~~

 

と思いつつ、ピシリとこちらを見られている感じもして。

 

娘は私より元気で、さらに上の建物に行こうとしましたが、私の足がギブアップ。

 

娘1人しばらくあちこち歩き回っておりました。

 

大聖院

人工の霧の演出がありました

ビックリしました・・・

 

 

お守りとお線香を買ってから大聖院を出ると、お茶とともにもみじまんじゅうをいただけるお店を見つけて一休み。

 

お土産に6個入りの箱を買って、少し早いけど帰ることにしました。

 

大体いつもこんな感じで宮島行きを楽しみます。

 

でも

 

何度行っても

何度お参りしても

 

いつも心新たにうきうき弾む楽しさがあるのが不思議。

 

もっと季節がよくなったら、弥山もまた行きたいなあ・・・と考え中。

 

それまでに運動不足を何とかせねば・・・

不思議なお話 エトセトラ (2025年9月)

8月に入ってお隣の山口県に住んでいる父が、入院して退院してとめまぐるしい日々が続いておりました。

 

そしてこういうときに勃発しがちな、ささいなことで父方の親族と大げんか・・!

 

これも人生か・・・

あれも人生か・・・

 

きれいなあかね色の夕焼けを見ながらため息をつくのは

何もドラマだけではないのだなあ・・・と思いました。

 

ある日の夕焼け空

 

実家が荒れ狂っているのとは反対に

 

我が家はことも無く

 

娘に関して面白い出来事があったり・・・

 

その他、不思議な小咄を書いていこうと思います。

 

 

☆出雲玉造湯神社参拝時のお話

 

前回の記事で出雲玉造湯神社参拝のお話を書きました。

 

renge-kusako.hatenadiary.jp

 

お世話になっている霊能者さんにセッションをお願いすることがあったので、私

が感じ取れなかったメッセージがあったら・・・と思い聞いてみました。

 

玉作湯神社の櫛明玉命さまからいただいたメッセージは

 

「お前もわたしも、皆同じ一族だった。」

(玉造に従事していた忌部氏のことか・・・)

 

「お前は6人兄弟の上から2番目だった。」

 

ということを参拝時にお話になっていたそうです。

 

そして、霊能者さんを通して当時の作業状況も教えていただきました。

 

勾玉造りの作業は非常に精緻なものだったそうで、ある作業で手をとめた瞬間、それまでの全てが無駄になる・・・という工程があったそうです。

 

そのため、私(の過去生さん)はお手洗いに行くのを我慢して作業を続けねばならないこともあり、苦労したそうです。

 

また、勾玉の需要は非常に多くいくら作っても注文が入っていたとのことで、やりがいを感じつつも楽しむ余裕がなかったとのこと。

 

旅した折に感じた過去生さんの「辛い仕事だった」というつぶやきもこのことだったか・・・

 

改めて

 

「お疲れ様です・・・」

 

と自分の過去の魂に思いを馳せました。

 

翌日の忌部神社参拝後に吹いた強い風は

 

「ようこそ!」

「気をつけてかえって」

 

の意味があったそうです。

 

現在の私の人生に大きく関わる過去生ではないとのことですが、それにしても興味深いなあと思いました。

 

 

☆お守りに宿った眷属さんのお話

 

昨年暮れに、奈良県のある神社でお守りを買った後、ひょんなことからその神社で修行中の魂(眷属さん)が宿っていることが霊能者さんを通じて判明。

 

霊能者さんのセッションの折には、いつもそのお守りを携帯してメッセージを聞くことにしています。

 

それによると

 

 「9月の10日から出雲へ花を育てに行くので2日ほど留守をします。」

(見えない世界の種を植えて神在月用に花を育てるそうです)

 

 神在月の少し前に出雲へお手伝いに行くので、帰るまでお守りを静かな場所に移しておいて欲しい。」

 

さらに聞くと、全国の眷属さんがそろってお手伝いに出雲へ行かれるとのことで、この眷属さんはお花担当なのだそうです。

 

霊能者さんもこのことは知らなかったそうで2人で顔を見合わせて

 

「ホオオ~~~!」

 

とびっくり眼になりました。

 

その他にも

 

我が家に来て1年が過ぎる頃、元の神社に帰られるためこのお守りを納めに行くことになっています。

 

そのことも眷属さんはお話しされました。

 

淋しいけれど・・・時々でいいのでうちに遊びに来ていただけたらなあ・・・!と思います。

 

 

☆娘の功徳?!

 

先日娘が

 

氏神様の境内を掃除してくる。」

 

とのことで、土日に1人お掃除に行きました。

 

地域の氏神である八幡神社は我が家から車で5分ほどの所にあり、好きなときに掃除をしてもよいと宮司さんから了承をいただいています。

 

そして明けて月曜日。

 

娘はいつも通り出勤しました。

 

帰ってくると、声を弾ませて

 

「お母ちゃん!変な電話がかかってきてまごまごしていたら、いつの間にか担当部署に繋がってた!

何もしとらんのに!」

 

と報告してくれました。

 

今春、地元に就職した娘は総務の部署に配属され、電話を取り次ぐ仕事も担当しているのですが、中には対応が難しい電話もかかってきて失敗したりも何回かあったそう。

 

今回は、かかってきたクレーム気味の電話に、どこに繋いで良いか受話器を持ったまま迷っている間に電話が切れていて、その電話がいつの間にか担当の部署に繋がっていたとのこと。

 

氏神様が掃除のご褒美に助けてくださったのでしょうか。

 

有り難いし、面白い話だなあと思いました。

 

 

 

 

 

 

ぼっち旅 出雲へ 続き

一畑薬師さんから約40分ほどで、玉造温泉街の駐車場に到着。

 

思ったより早く着いたので、出雲玉造資料館に行きました。

 

温泉街の通りから少し歩いた高台に2階建てのこぢんまりとした建物で、一階が古代の玉造の作業について様々な展示がされています。

 

入ってすぐ左側のガラスケースから見ていきました。

 

展示してある勾玉の一つが古代のもので、玉作湯神社蔵と書いてあるのを目にして

 

ドキン

 

としました。

 

もしかして、過去生の自分が手がけたものだろうか・・・

 

と思うのはまことに勝手だなあと思いつつ

 

様々な想像は楽しいし自由だし。

 

目をつぶってしばし空想に浸ってみます。

 

2000年あまり昔。

 

この辺りの工房の一つに自分がいて、何をしていたろうか・・・

 

たくさんあったと言われる工房の一つに意識がフォーカスしていきます。

 

草で葺いた屋根の竪穴式の建物の中に何人かの男の人が座り込んで一心に作業中の様子。

 

開けっぱなしの入り口からカメラ目線で入っていきます。

 

ほの暗い部屋のなかでは

 

一人は石を大まかに割ったり

ある人は割られた石のかけらをひたすら研磨用の石で磨いたり

古代のきりのような道具で最後の仕上げの作業をしていたり

 

きっと・・・

 

目を開けて考えました。

 

完全なる分業制だったかもしれない。

 

ここの玉は主に祭祀に用いられたと本で読んだことがある。

 

そのためには雑念まみれでいい加減なものを作ることは御法度だったろう。

 

工人たちは平らかな心持ちで作業に集中するよう仕向けられていたかもしれない。

 

「辛い仕事だった・・・」

 

頭の中で誰かがつぶやきます。

 

過去生の自分(男性)でしょうか。

 

足下がふわふわする思いで、小さな資料室を丹念に見て回りました。

 

作業風景を再現したミニチュアの工房の展示があって、3人の工人の人形が作業毎に配置されていました。

 

私は・・・何を担当していたんだろうか。

 

真ん中の人形に視線が引き寄せられました。

 

この人物は玉を磨く作業をしていました。

 

これだ・・・!

 

と根拠もなく納得。

 

くる日もくる日も、何時間も磨く作業をしていてお疲れ様でしたね!

 

人形に心で声をかけました。

 

自分に話しかけているようでもありました。

 

ふわっと

 

外の雨音が

 

館内の私の周りに立ちこめてきたように感じました。

 

軒先からポタリポタリとしずくが落ちる音

地面を打つ雨の音

風で雨音が変わる瞬間

 

そうか・・・

雑念を消すために

外の音に集中させて作業をしていたのかな。

 

でもきっと、雨の音は癒しにもなっていただろう・・・

 

受付の方に撮影許可を確認したところ

 

「自分の楽しみ用なら良いですよ。」

 

とのこと。

 

何枚か撮ってお礼をのべてからそこを後にしました。

 

外は霧雨が降っていました。

 

顔にさらさらと細かい霧の雨が当たる中、駐車場に急ぎ車に荷物を取りに行って宿に入りました。

 

古いけれど伝統が感じられるお宿です。

 

部屋は角部屋で、一人にしては広い間取り。

 

荷物を下ろしてしばしぼんやりしてから浴衣に着替えて温泉に入ることにしました。

 

玉造の湯は無色透明でサラリとしていて、湯から出ると汗がダバダバ流れるほど温まります。

 

疲労も汗とともに流れたみたい。

 

ほどなくして食事の時間。

 

案内された広い食事会場に入ると、たくさんの人で賑わっていました。

 

カップル、3世代家族グループ、少人数の家族連れ いろいろ・・・

 

その中でぼっちのテーブルは私1人。

 

いつものように夫か娘がいるわけでもなく、喋る相手もいないので食べる対象に意識を持っていくしかありません。

 

この刺身美味しいなあ!何の魚かしら。

このお鍋のおつゆ最高!ショウガが千切りでたくさん入ってポカポカする・・・

 

まるで食べ物と会話するみたいに食事が進んでいきます。

 

あっという間にデザートまで食べて、中居さんにお礼を言って部屋に戻りました。

 

食べ物にじっくり向き合うと、いつもよりお料理が味わい深く感じられた気がしました。

 

心にも体にも

何か良い感じ!

 

新鮮な驚きです。

 

部屋に入るとお布団が敷かれていたので、思わず寝っ転がりました。

 

何だかいろんな事があったなあ・・・

 

いつの間にかそのまま寝てしまい、夜中に起きると喉がカラカラに乾いていたので飲み物を買って部屋に戻り、テレビをつけたり消したり、資料館のパンフレットを見たりして過ごし、早めに眠ることとしました。

 

翌朝

 

5時前に目が覚め、5時半にお風呂に入りに行き、6時に宿に鍵を預けて外に出ました。

 

霧雨よりさらに細かなこぬか雨が顔に当たる程度なので、傘もささずに歩けました。

 

温泉街の外れにある

 

玉作湯神社

 

を目指します。

 

横断歩道を渡った先が神社がある森

 

玉造のご祭神のお一人 櫛明玉命さま

 

名は体を表すというか、お名前の字を古語で当てはめながら考えてみました。

 

櫛→奇し(くし・くすし)とも 不思議な などの意味があるようで、霊的力に長けたシャーマン的要素

明→光輝くオーラを放つ明朗なリーダーシップのイメージ

玉→玉を造るお仕事に関連したことか

 

いろいろと想像するのも楽しい。

 

そんなことを考えながら、早朝の清々しい空気の中

 

こぬか雨が顔を微かに打つのを感じつつ、厳かな雰囲気の拝殿前で静かに手を合わせました。

 

そうだ!

神さまがエネルギーなら人間の思いもエネルギーのはず。

エネルギーにエネルギーをぶつける感じで神さまとコミュニケーションが取れるのでは?

 

今までのように勝手に脳内に届く音を受取るのではなく、自発的に試みてみようと思いました。

 

心を静めてから心の中で

 

神さま

 

私はかつてここの玉造部の工人だったと聞いています。

当時のこの場所がどうだったのか、教えてください。

 

すると

 

ザー

 

とひとしきり雨が強まり

 

ビウッ

 

と一陣の風が吹き抜け、そばの木立を揺らしました。

 

脳内に映像が流れ始めました。

 

たくさんの草葺きの竪穴式住居が建っていて、子供達数人が走り回るのが見えました。

何人もの人が建物の中で座って作業していました。

幾つかの建物からは煙がたなびいているのが見えました。

 

映像は一瞬で消え

 

「お前は・・・雨の音を聞くのが好きだった」

 

言葉が脳内に響きました。

 

昨日の資料館で、雨音を体感したことを思い出しました。

 

本当に私の過去生は、ここで人生を送ったことがあったのか・・・

 

不思議な確信で、目の前がクラクラしてきました。

 

ふらふらと幾つかのお社に手を合わせてからしばらく佇んでいると

 

雨はいつの間にか上がっていました。

 

ここにはご神陵があることも事前に調べていたはずなのにすっかり忘れて、宿に戻り朝食をとってから早めに宿を出ました。

 

 

車に乗り込んでナビに行き先を打ち込みました。

 

忌部神社

 

玉造温泉から6kmしか離れていない場所にあります。

 

事前調査はゼロで、旅の前日にふと目にして「近いから」という理由だけで行くことを決めた場所。

 

温泉街から出発してほどなく、先ほどの玉作湯神社が見えてきました。

 

通り過ぎざま鳥居に向って、ぺこりとお辞儀をしました。

 

のどかな雰囲気の山と田園風景を通り抜けてほどなく到着。

 

一の鳥居は道路沿いにあるのが見えたのですが、車を停められるか分らず、坂道を上がった二の鳥居そばのわずかなスペースに駐車。

 

そばに小学校があって、日曜日にも関わらず体育館からスポーツに興じているのか子供達の歓声が聞こえてきます。

 

車から降りると、垂れ込めていた雲間から陽が射して足下が急に明るくなりました。

 

私の参拝が嫌がられていない気がする・・

 

神社の説明の立て看板が2つあったけれど、先に参拝をしようと思いました。

 

境内はし~んとして静寂です。

拝殿内に灯が灯っているのが見えましたが、人気は全くありません。

 

手を合わせてから周りを見ると、本殿裏の方も何ともいえない雰囲気があったのですが、臆病な私は眺めるだけで外に出ました。

 

特に目的もなくたまたま訪れた場所ですぐ移動するつもりでしたが、鳥居から出てすぐの看板を読んで驚きました。

 

この忌部の地を支配していた古代豪族 忌部氏のことが書いてありました。

 

元は朝廷の儀式を司る大豪族で、儀式に使用する玉を供給するため玉造とこの忌部の地を支配したこと。

玉造とこの忌部の地が「出雲国風土記」に記された忌部神戸という特別な村であったこと

忌部の一族はここではなく、玉造で主に玉の制作に従事していたこと

ご祭神「櫛明玉命」の墓地がこちらのタブの木の立つ場所にあること・・・

 

この神社も玉の制作にゆかりの深い場所だったとは!

 

旅の前日にたまたまネットでこの神社を見つけたというのは、偶然ではない気がしました。

 

眼下の畑の中の大きな木の辺りが櫛明玉命さまの墓地とのこと。

 

近くまで行こうと思いましたがやめて、その場でそっと手を合わせるだけにしました。

 

この地は・・・

 

古代玉造に従事した忌部氏一族の住まう土地。

 

私の過去生さんも忌部氏だったのだろうか・・・

 

あまりにも考えることがありすぎる・・・

 

ぼお~としながら車に戻りバタンとドアを閉めたとたん

 

ゴウッ!

 

大風が一瞬吹き抜けてそばの木々を揺らし木の葉が舞い踊りました。

 

この地のエネルギーを一瞬受取ったような気がしました。

 

いつか

必ずここにまた戻って来る・・・

 

そう思いながらエンジンをかけました。

 

もっと歴史を調べて、自分で理解を深めた頃又ここに来ることになるだろうと思いました。

 

忌部神社参道の階段横から撮影

もしかしたらここの土地に引き寄せられたかな・・・

 

いつの間にか雲が切れて、夏の日射しで辺りの景色がまぶしくなっていました。

 

それから松江市内に入り、布(めふ)神社を参拝しました。

 

宍道湖そばの清々しい素敵な神社で、社務所でお清め塩の入ったお茶を勧められていただきました。

 

祓いの女神様とのことでした。

 

まだ昼前ですが自宅を目指して出発しました。

 

途中、セパ交流戦カープ戦をラジオ実況で聞きながら、

 

やった!

7対0でカープが日ハムに勝っとる!!

 

と喜んでいましたが、帰宅してテレビを観ると7対8で逆転負けしていたので、大きくズッコケました。

 

長時間ドライブの疲れがどっと出たところで、この旅のお話はおしまい。

 

 

ぼっち旅 出雲へ

エッセイスト森下典子さんのご著書

「前世への冒険 ~ルネサンスの天才彫刻家を追って」(光文社)

はご自分の過去生を森下さんが探っていくお話。

(面白くて一気読みしました)

 

過去世を見ることが出来るという人から、森下さんの過去生の一つはルネッサンス時代のイタリアの天才彫刻家と指摘され、半信半疑ながらも現地に赴きいろんな発見や経験をすることが語られています。

 

今回

 

過去生を辿る旅に私も行くことにしました。

 

それは

 

「あなた(の過去生)は出雲の玉造の地で勾玉を作っていました」

 

と2人の霊的に分る人から(別々の日に)言われたことがきっかけです。

(もうずいぶん前の事ですが)

 

出雲の玉造温泉街の端にある玉造湯神社の辺りが古代玉造の工房があった場所として有名なので、そこを目指すこととしました。

 

そこは

 

住んでいる広島県の島から車で3時間ほどで行ける場所。

 

ちょっとしたドライブです。

 

 

もしこれが

 

「あなたの過去生は、古代ローマ時代第二次ポエニ戦役でローマを敵に回して闘ったカルタゴの将軍です」

カルタゴは現在のチュニジア

 

と言う話だとしたら・・・

 

チュニジアの紙幣(画像はお借りしました)

 

広島県の島しょ部に住む普通の主婦の私が家族を残して

 

これからチュニジアまで行って、お母ちゃんの過去生探ってくるけんね!

楽しみに待っとりんさいや!

 

なんてことになったら・・・(!)

 

閑話休題

 

過去生を知りたい

 

というこのとんでも理由の他に

 

同じ出雲の一畑薬師さんで目のご祈祷をお願いしたい

 

という実際の用向きもあります。

 

一昨年

 

通院ドックで目の病気が見つかり、それ以来眼科で治療中です。

 

目のご利益で有名な出雲の一畑薬師寺にご加護のご祈祷をお願いしたのが昨年の2月。

 

ご祈祷を受けてからとうに1年が過ぎたこの時期、やっと参拝に行けることになりました。

 

一畑薬師寺と玉作湯神社のある玉造温泉を目的地にして

 

後は気の向くまま。

 

直前にネットで検索していてピンときた近郊の

 

忌部神社(いんべじんじゃ)

賣布神社めふじんじゃ)

 

も参拝に行くことに。

 

6月の雨模様のある日

 

車を飛ばしてひとり山陰を目指して北上を開始しました。

 

一般道から有料道路に入り、途中道の駅で休憩しながらひたすら走ります。

 

雨がそぼ降る中、高速道路から下りていよいよ出雲市内に入ろうとする頃

 

木々に覆われた景色が一時切れて、出雲平野一帯が山々を遥か向こうに見晴るかす眼下に見えてきました。

 

雨の影響で雲のような霧が出雲平野上空に低くたなびき、雨でけぶる町並みが一瞬古代の大都市のように見えました。

 

いつもここを通る度、この景色に感動します。

 

この地は古代から日本にとって

日本の神々にとって

 

特別な場所

 

という不思議な感慨とともに胸がいっぱいになります。

 

 

最初に目指すのは

 

一畑薬師寺(島根県出雲市小堺町)

 

寛平6年(西暦894年)、

 

お盆の日に日本海の赤浦で漁師の与市さんがご本尊をすくい上げたことから始まります。

なんでお盆の日に漁に出られたのか不思議だけども、これもお導きなのでしょうね。

その後、目のご利益あらかたということで信仰が広まり

戦国時代には幼児が救われたので「子供の無事成長の仏さま」としても親しまれています。

 

大駐車場で車を停めて傘をさして参道に向います。

 

本堂横の受付で、昼過ぎの13時30分からのご祈祷を申し込みました。

 

どうやら私1人のようです。

 

お茶とおせんべいをいただきながら、時間まで雨音を聴きながらぼんやりと待合室で過ごしました。

 

待合の正面は、周辺で採れるお茶の葉を使ったお下がりのご霊茶をいただけるようになっています。

 

時間になり本堂に移動し、ご祈祷が始まりました。

 

若いお坊様が1人進み出てこられ

 

「あの鏡の奥にご本尊様がおられます。」

 

壇上の大きな鏡を示されました。

 

その方向に向って、合掌、礼拝。

 

ご祈祷が始まりました。

 

お坊様が一人で太鼓やおりんを盛大に鳴らしつつ読経を始めます。

 

ソロで全てこなされるとは!

 

昨年も目にしたけどやっぱり驚き。

 

事前に配布されたお経本を

 

「○ページ」

 

と言われる合図に合わせて開き、読経に合わせてくちずさむものの、拍子が分らずまごまごしました。

 

終わって

 

ご本尊そばに供えられていたお札とお守りをいただくとき、好奇心旺盛な私はつい

 

お坊様はご本尊様を見られたことは・・・?

 

とお尋ねしました。

 

「ありません。秘仏でございます。」

 

ときっぱり。

 

ご本尊様のお姿を何かで想像することも出来ないのでしょうか?(ひつこい!)

 

「この本堂横のご霊水の出る場所の像が、本物を模したと言われていますよ。」

 

え!!

そうですか!

ありがとうございます!!!

 

誰も目にすることが出来ないお薬師様がおられる壇上の鏡の方を、私はもう一度眺めました。

 

何だか

 

カチッ

 

とお薬師さまと目が合ったような・・・・(気のせいです)

 

靴を履いて急いで示された場所に行きました。

 

思ったより大きな石のお像でした。

(自分では撮る勇気が無くて画像はお借りしました)

 

実際は木造とはいえ、与市さんはこの大きさをよくぞ背にかつがれたこと・・・

 

と千年を超える昔の出来事を思いました。

 

それから

 

寺務所で授与品を眺めていると雨の勢いが猛烈になってきました。

 

なかなか勢いはやまず、寺務所脇の椅子に座ってご霊茶をいただきながらしばし雨宿りすることにしました。

 

 

雨は一向に止む気配がありません。

 

お茶湯をガブガブ飲み続けながら雨宿りもどうなんだ・・・

 

と思い意を決して傘をさして車に向うこととしました。

 

来た道とは違う参道を通ろうと、本堂から向って右方向の階段を下りようとすると体長25cmはあろうかと思われる大きなカエルが、階段一段目に座っていました。

 

ヒャ!

 

と驚いて、後を向いて息を整えてから向き直ると、煙に巻かれたようにカエルは消えていました。

 

ひとっ飛びで草むらに消えたのでしょう。

 

あの大きさなら優に1mは飛べそうだぞ

 

とブツブツ心の中でつぶやきつつ、歩いて10分ほど先の大駐車場を目指しました。

 

車に乗り込んで、一息ついてから時間を見るとまだ3時前。

 

早いけど長時間のドライブでくたびれたし、お宿に向うこととしました。

 

雨の一畑薬師さんの駐車場

駐車場から本堂のある方向をパチリ

 

参道

 

この階段を上がったところに本堂があります。

本堂はやっぱり撮る勇気がありませんでした・・・