観えたこと想うこと草子

旅と歴史をメインに少しスピリチュアルなお話を綴ります。

ぼっち旅 奈良市へ 続き

唐招提寺から約1kmほど離れている薬師寺を目指しました。

 

車一台やっと通れるぐらいの道をてくてく、午後の日射しを浴びながら歩きました。

 

小さな川が横を流れ、川岸には名前の知らない白い花がところどころ咲いている風情のある道です。

 

昔はこの道幅が一般的だったのだろうなあ・・・

「道は人のもの」と長兄がよく言いよったなあ・・・

このサイズ感、何か心地いいし。

 

ぶつぶつ言いながら歩いて行くうちに薬師寺に到着。

 

薬師寺は天武9年(680)天武天皇により発願され、自答11年(697)持統天皇によって本尊を開眼・・・とのことでこちらも古くからあるお寺です。

 

広い境内は、キリッと大らかに引き締まった雰囲気。

 

病魔を退散させるお薬師さまのお寺は、私の知る限りどこも雰囲気の多少の違いはあれど

 

「キリッと」

 

感があります。

 

この引き締まった雰囲気で細胞がしゃっきり元気になるのでしょうか。

 

広い境内のあちこちに修学旅行生のグループがいて賑やかです。

 

引率の先生やはしゃいでいる生徒さん達の邪魔にならないように歩きました。

 

スマホの時計を見ると、3時半を過ぎようとする時刻。

 

5時までにはホテルに帰りたい!

(疲労がピークだしとにかくお腹がすいた・・・)

 

いそいで薬師三尊像がおられる金堂へ向いました。

 

中央に「薬師如来」

向って右に「日光菩薩」

左が「月光(がっこう)菩薩」

 

迫力あふれるお姿に(きっと○ホ面で)ぼ~と手を合わせたまま見とれていると

 

中央のお薬師さまの目が一瞬鋭く

 

チカ

 

と光ったような気がしました。

 

目をパチクリしながらお堂を出て歩き出すと、何だか体がスッキリかるくなっていて驚きました。

 

疲れと暑さでフラフラしていたので、本当に感謝で涙が出そうでした。

 

そこから創建当時のままの国宝東塔や五重塔を見て、売店が入っている広い建物に戻りました。

 

東塔

 

同じ空間を仕切った少し離れた場所で、お坊さんが修学旅行生にお話をされている最中でした。

 

お話が楽しいので笑い声の渦でした。

 

ふふふ

 

私も耳に入ってくる言葉の面白さについ笑ってしまいました。

 

お坊さんはさすがにお声がよく通るし、お話が上手・・・

 

感心しつつ薬師寺境内で採れた梅を使った梅干しとお香を買って外に出ました。

 

スマホで検索すると、近鉄の駅がすぐそばにあります。

 

経路検索で乗り継ぎも確認し、電車に乗り込みました。

 

それにしてもスマホは便利です。

 

電車の乗り場も,乗り換えも、以前とは考えられないほどスムーズに出来るようになりました。

 

乗り込んだ電車の窓から反対側のプラットホームを見ると、地元の学生さんが大勢電車を待っていました。

 

午後の遅い日射しを浴びながら、「薬師寺」と彫られているいかにも時代を感じさせる大きな石のモニュメントに無造作によりかかっておしゃべりに興じている学生さんの姿は、さすが古都奈良だなあとここでも感心することしきり。

(今回の旅は感心することが多い・・・)

 

1回乗り換えで奈良駅に到着。

 

5時前に無事にホテルに入ることが出来ました。

 

いちばん早い時間に夕食をお願いして、明日の準備をしてからこの日は早めに休むことにしました。

 

翌朝

 

奈良国立博物館へ。

 

今話題の「神仏の山 吉野・大峰」展を見に行きました。

 

前日バスで近くを通った際、凄い人の列だったので翌朝早めに並ぼうと計画を立てていました。

 

が、開場1時間前なのにすでにかなりの行列。

 

当日チケットを購入する列と,事前のチケットを購入した列に分かれていることに当初気がつかず、そばの人が

 

「こっちの列は当日購入の列なんですね。」

 

と話すのを聞いて慌てて並び直しました。

 

それにしても1時間は長い・・・

 

待っている間、前に並んでいる年配のご夫婦に話しかけられ、それからは退屈せずに楽しく会話して過ごすことができました。

 

旅慣れた感じの静岡から来られたというお二人。

 

私の住む広島県の島にも行ったことがあるとのことでけっこう盛り上がりました。

 

さて開場。

 

物慣れた案内でスムーズにチケットを購入し展示会場に突進しました。

 

「あなたには紀州熊野で修験者をしていた過去生が何回かあります」

 

と複数の霊的能力者に言われたことがあります。

 

地域的に修行場として繋がりのある紀州熊野から吉野にかけて、修験者として存在したことがあるはず・・・

 

なので、山岳信仰の展示には、魂が何か反応するのではないかとワクワク期待感いっぱいで行きました。

 

それにしても

 

蔵王権現さまのポーズは片足を蹴り上げて片手を突き上げる憤怒を表現した独特のポーズ。

 

たくさんの同じポーズのお仏像が展示されている場所で人に押され気味で見ていきました。

 

「よおっ!久しぶりい!」

 

あるお仏像の展示の前で気楽な声が脳内に響きました。

 

びっくりして手を合わせてご挨拶をしました。

 

私の修験者の過去生は直近で平安時代と聞いている・・・

少なくとも800年は前と言うことになるけど。

 

800年ぶり(もしくは1,000年以上前?)の「久しぶりい!」になるのかな。

 

でも、周りがガヤガヤ騒々しくて魂の感動というか何も感じられません。

 

あの声は気のせいだったかしらん・・・

 

ふらふら歩きながら展示室を移動していると壁の一面に展示されている、大峰山から臨む夕やけ色にそまる山々の景色の大きな写真が目に入りました。

 

足が止まりました。

 

懐かしい・・・!

 

行ったことも見たことも無い景色のはずなのに・・・

 

ふいに涙がこみ上げてきました。

 

私は修験者だったときに、この景色が見える場所で来る日も来る日も厳しい修行に明け暮れる日々を送っていたのかな・・・

 

気がつくと人の群れが押し寄せてきてその場でじっとしていられなくて、人の波に押し流されるように歩き始めました。

 

他の素晴らしい展示を見て回り、陽光まぶしい外に出ました。

 

日はまだ高いけれど、もう広島へ帰ろうと思いました。

 

心が十分満足して満ち足りた気持ちだったので、さらにどこかへ行きたいとは思わなくなっていました。

 

思いつきで行こうと決めた奈良旅でしたが、きっと魂が行くことに以前から決めていたかもなあと思いつつJR奈良駅から広島へ帰途についたのでした。

 

 

 

 

ぼっち旅 奈良市へ

5月・・・なのに、真夏のようなある日

 

ぼっち旅に行ってきました。

 

行き先は奈良県奈良市。

 

東大寺や興福寺へ行ったことはあるけど、春日大社は行ったことがない。

 

唐招提寺や薬師寺も。

 

これは行かねば!

 

なんでそうなるのか、理屈も何もありません。

 

なのですが

 

突発的に心に湧いて出てくる衝動を大事にしている変わり者の私です。

 

夫と娘に

 

奈良に行ってくるよ!

泊まりになるけどいい?

 

「そりゃ・・・ええけど」

「行ってらっしゃい,お母ちゃん!」

 

と見送られて行くことに。

 

さっさと新幹線のチケットとホテルの手配を済ませ、猫の世話と最低限の家事を託して、家族に感謝しつつ出発。

 

JR奈良駅に着くと、うだるような暑さにびっくり!

 

こりゃ、暑くてたまらん・・・

 

駅からホテルまで歩き、荷物を預けてから春日大社を目指しました。

 

春日大社

神山である御蓋山(ミカサヤマ)(春日山)の麓に、奈良時代の神護景雲2年(768)、称徳天皇の勅命により武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様、経津主命(フツヌシノミコト)様、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)様、比売神(ヒメガミ)様の御本殿が造営され御本社(大宮)として整備されました。現在、国家・国民の平和と繁栄を祈る祭が年間2200回以上斎行されています。

(春日大社HPより)

 

ホテルの方に聞いて、バスに乗ることにしました。

 

どこで降りたら良いのか・・・とグズグズ考えているうちに参道らしき場所を過ぎて、終点の本殿近くで降りました。

 

う~~~む

 

やはり人が多い・・・

 

修学旅行生に外人さんに日本人。

 

ガヤガヤと賑やかな参道を歩くと、ほどなく鳥居に到着。

 

ぴょこんと頭を下げて鳥居を通り過ぎ手を浄めてから、キョロキョロと見回すと祓戸のお社を見つけました。

 

祓戸のお社がある神社では、神域に入る折に目に見えない塵芥の類いを、こちらで手を合わせて浄めていただいてから拝殿へ向った方がいいですよ

 

と教えていただいたことがあってそれ以来の習慣です。

 

清々しい初夏の光に満ちた境内を歩くうちに拝殿に到着。

 

大勢の人で賑わっています。

 

平日ですが、結婚式の写真撮りがあって並んでいる方の笑顔がとても素敵でした。

 

そばの大きなご神木が大迫力。

 

何だか・・・

 

境内全体が若々しく力強い雰囲気・・・

 

もう少し雰囲気に浸っていたいところですが、とにかく人の波が後から後から押し寄せてきます。

 

早々に出ることにしました。

 

人の波に押し流されるようにどこか分からぬまま参道を歩きました。

 

 

途中喉が渇いたので参道脇のお店でソフトクリームを買い、歩きながらペロペロ。

 

鹿が以前来た時より若干おとなしいような・・・

 

鹿に追い回されるように歩いた記憶があります。

 

今回は私と目が合うとお辞儀をするばかりで、そばまで寄ってくることはありませんでした。

 

何も考えずにテクテク歩いていると、いつの間にか広い車道脇の歩道を歩いていることに気がつきました。

 

人が少なくなったけど、ここはどこなんだろう・・・

 

引き返せば良いものを、妙に頑固になって前へ前へと歩き続けるうちに暑さと疲れでくたびれてしまいました。

 

もう2時過ぎ。

 

途方にくれて

 

やっぱり引き返そうか・・・

 

と思っていると、停まっているタクシーが目に入りました。

 

やった!!

乗っちゃおう!

 

小走りで近づき声をかけると運転手さんがびっくりしたような表情でドアを開けてくれました。

 

「こんな所でお客さん乗せたことないんですけどねえ。」

 

何でも、息子さんからLINEが入ったので停車して連絡を取るついでに休憩もされていたとのこと。

 

唐招提寺と薬師寺に行きたいのですが、どちらがここから近いですか?

 

「唐招提寺ですよ。

薬師寺はそこからすぐですから。」

 

(字面では標準語だけど)柔らかな関西弁に気持ちが和みます。

 

涼しい車内でしばし一息つきながら、運転手さんと奈良の観光客のことなど楽しくおしゃべりしました。

 

「さ、着きました。

ここからその角を左に曲がった200m先が薬師寺です。」

 

ありがとうございました!

 

唐招提寺

唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。

多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。

「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。

金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。

現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。

(唐招提寺HPより)

 

タクシーから降りて、入り口で拝観料を支払いせかせかと門をくぐった瞬間

 

ぴたと足が止まりました。

 

 

周囲の木々を静かに揺らす風

頭上には拡がる青空に白い雲

 

目の前に教科書に載っていたとおりの唐招提寺。

 

それより

 

この雰囲気。

 

まるで海の底にいるような静けさ。

深い瞑想をした後のような・・・

 

恐る恐る歩を進めて、金堂の仏様に手を合わせました。

 

眼前の大きなご本尊は「盧舎那仏座像」

右に「薬師如来立像」

左に「千手観音立像」

四隅に四天王像が雄々しく立っています。

 

どの仏様も

 

私の理解を遥かに超えた静けさのただ中におられるようでした。

 

それから

 

広い境内を横切って、鑑真和上の御廟へ向います。

 

古代にタイムスリップしたかのように感じさせる土塀に沿って、掃き清められた道を歩き門をくぐってきれいに苔むしたお庭の向こうにある御廟に向いました。

 

静けさがさらに深まったような雰囲気。

 

時が止まったような錯覚を覚えました。

 

手を合わせながら

 

5度の渡航失敗を乗り越えてまで仏教を伝えようとされたそのお志に、深く感謝と敬意をお伝えしました。

 

この時は

 

先にひと組のカップルがいたのですが、私が御廟に近寄ると立ち去っていき、しばらく一人きりになることが出来ました。

 

そこから鑑真和上の座像(本物では無く「御身代わり像(おみがわりぞう)」)をガラス越しに見られる場所にも行きました。

 

この頃には暑さと喉の渇きでヘロヘロになっていました。

 

持参していた水筒は、とっくに空になっています。

 

寺務所横の自動販売機に向うと、販売機の前に中学生くらいの女子が3人たむろしていました。

 

しばらく様子を見ていましたがなかなか動こうとしないので、仕方なく買うそぶりで近づくと、そのうちの1人の少女が

 

「ダッサ!」

 

と言い放って離れていきました。

 

私のことかしらん?

確かに、汗と暑さでヨレヨレの中年のおばさんだし、見かけは自分も認めるダサさだけど・・・

 

と心の中でつぶやきつつ冷たい飲み物を買って一口飲んでそばのベンチに腰掛けました。

 

先ほどの3人は

 

「ウザッ!」

「キモッ!」

「ダサッ!」

 

の二音と「ッ」と「!」だけでコミュニケーションを取りながら、すぐそばの寺務所の中に入っていきました。

 

今日は月曜日。

 

もしかしたら前日学校行事があって今日は振替休日なのでしょうか。

 

街中の賑やかな場所ではなく、拝観料を払ってまでここ深山幽谷にいるがごとくの唐招提寺で過ごすことを選ぶとは・・・

 

妙なところで感心しながら、私も寺務所に入ってみました。

 

二音女子達の姿は消えていましたが、ゆっくりと見て周り仏様の写真集とお香を一つ購入しました。

 

そして

 

もう一度金堂に行って手を合わせ目を瞑りました。

 

この溢れんばかりの慈愛と静けさと平安に満ちた空間・・・

 

ああ・・・去りがたい・・・

 

でも時計は3時をとうに過ぎています。

 

後ろ髪引かれる思いで次の目的地

 

薬師寺

 

を目指しました。

山口県の神社を参拝しました

山口県で大学生活を送る息子がこの度引っ越しすることになったため、3月のある日夫と2人で手伝いへ向いました。

 

その途中

 

周防國一之宮 玉祖神社

(山口県防府市大崎)

 

へ立ち寄りました。

境内にあったご由緒の看板

 

1月に長兄とこちらへ参拝した後、嬉しいことがあったのでそのお礼のお参りです。

 

入り口の鳥居をくぐり手水舎で手を洗う頃から、柔らかな風がそよそよと気持ちよく吹きつけてきました。

 

入り口の鳥居

清々しい風がずっと吹いていました

 

天気も良いし、非常に爽快な心持ちになります。

 

鳥居にはいる前からデジカメを手にしてソワソワしだした夫に

 

「手を合わせてから、一言お断りしてから撮りんさいよ!」

 

と注意しつつ、拝殿で丁寧に手を合わせました。

 

見えないものは無いも同然という考えの夫は、境内だろうと拝殿前だろうと、注意しないと遠慮会釈無くバシャバシャ写真を撮りたがります。

 

そのことが原因で、ある場所で撮った写真が全部消えたこともありました。

 

ほかにも

 

青紫がかった不思議な球体が写りこんだり・・・ということが何度かあったので

 

能力のある方に鑑定をお願いすると、

 

「神さまは写真はあまり好まれません。

特にこの方は、不躾に撮影されるので神さまがご不興を感じられこのように写真に現れたものです。」

 

と言われたこともありました。

 

なので、夫にはよくよく注意するのですが・・・

 

さて、参拝後に境内を見渡すと威勢良く

 

コケコッコー!!

 

と聞こえてきたので見ると、真っ黒な羽の立派な鶏が10羽ぐらいでしょうか、境内で元気よく歩き回っています。

 

はい、チーズ!

 

見事だ・・・

 

こりゃ、珍しいね~!

 

しばらく眺めてから、(当然のように夫は写真を撮りまくり)授与所で勾玉のネックレスの形のお守りなど買ってからおみくじを引いてみました。

 

珍しく、日頃の姿勢を問われる厳しい内容でした。

 

確かに、最近不平不満をよく口にしていた。

気がつかない心のあらを鋭く教えていただいた・・・

 

神さま、ありがとうございます!

いただいたメッセージ、しかと心得ました!

 

結んで帰ることで心改めの思いが完結できそうな気がして、いつもは持って帰るおみくじを今回は結んで帰りました。

 

そして車に乗り込んで息子の待つ山口市へ向いました。

 

もう昼過ぎなので、必要な手続きや買い物は出来る範囲で済ませ、私と夫は近隣のホテルにその日は宿泊。

 

翌日は朝から移動して、荷物を新居に搬入しました。

 

息子の新居は今度は山口県宇部市になるので、これから何年もお世話になることだし・・・地元の神さまにご挨拶の参拝をすることにしました。

 

琴崎八幡宮

(山口県宇部市上宇部)

ご由緒の看板 

石清水八幡宮から来られたのですね

 

広い道路のそばに大きな鳥居が遠くから見えてすぐに見つけることが出来ました。

 



初めて行く神社・・・ドキドキ・・・

 

境内はかなり広く社殿も大きくて、お守り等グッズがたくさんおいてある独立した建物があり、終始キョロキョロと見回しながら歩きました。

 

 

境内の雰囲気は大らかで優しい感じがしました。

 

体の悪いところをさする撫でうさぎさんの像があり、最近あちこち関節の痛みが出てきた今日この頃、しっかり撫でさせていただきました。

 

ご利益があったのか、今現在痛みが柔らいたのでまた息子のところに行った際には、お礼参りに行かねばと思っております。

 

さて、拝殿で手を合わせて、息子が転入した旨を心の中でお話ししながらご挨拶。

 

傍らの息子の様子をうかがうと、手を合わせて目をぎゅうと閉じている様子。

一生懸命神さまに自分のことをお話してるのかな。

 

心地よい風がずっと吹き続けて、誠に気持ちの良い参拝でした。

 

広い境内をゆっくり回りたいところですが、これから広島の自宅に帰るため今回はここまでとさせていただき、授与所を見てから急ぎ帰途につきました。

 

息子を新居近くに下ろして広島に向けて車を走らせていると、前方左側に小高い丘のような木に覆われた場所が見えてきました。

 

むむっ!!

 

ビビビっと私の(見えない)アンテナが反応しています。

 

横を通り過ぎざまその方へ目を凝らすと小さな鳥居が目に入りました。

(運転は夫)

 

スマホで調べると

 

熊野神社

(山口県山口市熊野町)

とあります。

 

お父ちゃん、あの神社行ってみたい!

 

「はあ?」

 

目を白黒させながら、夫は次の角で後戻りしてくれました。

 

八咫烏さんが描かれた幟がある鳥居を過ぎて、奥の駐車場に停めると、そばに地元で有名な旅館がありました。

 

そう言えば・・・在りし日夫とここで日帰り入浴で行ったことがあったなあ・・・

 

まだ子供達がいない若かった自分たちの思い出が蘇り、あの時はこの神社の存在に全く気が及ばなかったことを2人で話しました。

 

参拝は今このときだったのでしょうか。

 

スマホで調べると、紀州熊野から来られた神さまで、縁切りと縁結びで有名とのこと。

 

趣のある鳥居をくぐり、人気の無い山道を数分歩いた先にこぢんまりとした拝殿と本殿が見えてきました。

 

無人でしたが、きちんと掃除もされていて、地元で大切にされている様子がうかがえました。

 

夫と2人手を合わせ静かに参拝しました。

拝殿横から撮影

突然目に入って参拝したくなるご縁もあるのだなあ・・・としみじみ思いました。

 

少し遅くなったけど、広島に向けて日が暮れないうちに帰らなくては。

 

いろいろ忙しかったけど、由緒ある神社を3カ所も巡ることが出来て大満足のお出かけとなりました。

イベントに参加してわかったこと

気がつくとずいぶんブログを更新していなかったことに驚きました。

 

入院中の母親の転院、息子の大学の学部が2年から場所が変わることによる引っ越し手続き、その他日々のあれやこれやであっという間に2月も終わりそう・・・

 

久々書く内容は

 

イベント参加

 

です。

 

人生初、イベントへの参加を経験しました。

 

場所は私の居住する島で開催されました。

 

私が提供したサービスは「ヒーリング」でしたが・・・

 

チャリティーイベントを開催する主催者側の知人から強烈に出店の要請があり、悩んだ私がすでにスピ的リーディングを生業としている広島市内在住友人Aさんに相談したところ

 

「一緒に出ようよ!」

 

と逆に言われてしまい

 

アウアウ~

 

ともだえつつも、イベント出店という運びになったのでした。

 

でも

 

気に入らない。

 

なんで、こんなに強引に誘われにゃいかんのだ・・・

 

事前にイベントの詳細を教えてもらえなかったので、Aさんも参加との返事を兼ねて確認したところすぐに教えてもらえず、3週間後にやっと連絡が来たぐらいのいい加減さ。

強引さの影に不誠実さがちらほら・・・

 

確かに、ヒーリングの勉強をして、セッションをすることも出来るけど

 

それは自分や家族、友人のため。

 

たま~にお願いされて、良心が痛まない金額でセッションをすることがあるけれど・・・

 

仕事にする気は毛頭無い。

 

最初から

 

運営側のやり方が全く気に入らない。

 

いけいけドンドンで、

 

出店内容のダイジェスト版を作って即日返答しろ

 

とか

 

当日の運営状況をこちらが聞くまで教えてくれない

 

とか。

 

Aさんは

 

「却ってその方が気が楽じゃん!適当でいいし」

 

とあっけらかんだけど、こんな人を大事にしないやり方、私は気に入らない。

 

気に入らないっっっ!!!

 

と怒りまくる私に、娘が

 

「お母ちゃん、いっぺん出てみりゃええじゃん!

Aさんは楽しんで参加しようとしよるのに、なんでお母ちゃんは楽しめんのん!」

 

と叱られ、当日を迎えました。

 

ストライクゾーン狭めな自分なのは分かっているけれど

 

1人だったら断ってるよなあ・・・

 

嗚呼・・・虎穴に入らずんば・・・

 

会場は古民家を改装した民宿で、そばに共催者のカフェがあって出店者はお昼のランチがとれるようになっています。

 

が、

 

そこのランチをとるつもりがない私は自分用の弁当を用意し、割り当ての部屋に籠もって1日本を読んで過ごそうと分厚い文庫本を持参しました。

 

どうせ・・・

誰も来んじゃろう・・・

 

来てみると、出店者は私とAさんを入れて他に2人だけでした。

そのうちの1人は物販の商品だけ納入して主催者側の人に売ってもらう形になっていました。

 

Aさんは昼前に来るというので、10時の開店時はもう1人の物販の方と私の2人が会場にぽつんと佇んでいる状態。

 

通りから引っ込んだ所なのに立て看板もなく、最初の2時間近くは誰も来ませんでした。

 

ほ~れ見ろ!

 

誰も来ないし、主催者の誰も挨拶にも来ないし、物販の方とおしゃべりして過ごしたり、お互いのお客になったりしました。

 

でもですね

 

これが、まったりと楽しかった。

 

こんなんで1日(終了は17時まで)過ごすのも悪くないなあ~~

 

と思っているところにAさん到着。

 

Aさん目当てのお客様も入ってきてすぐにセッションが始まりました。

 

さすがプロ・・・

 

と横目で眺めていると

 

「蓮花さんイベント出るって聞いたから来たよっ」

 

という人を含め友人知人や飛込みのお客様が次々と来て、終わってみると6人のお客様でした。

(うち1人は逆にセッションしてもらったので返金)

 

15分500円のセッション料金

 

と予定していましたが、初めて見るとけっこう話し込んだり丁寧にヒーリングしたりで1人30分以上かけてたみたいです。

 

なので、午後からはほぼ休み無くセッション三昧でした。

 

結果分かったことは・・・

 

30分以上丁寧ヒーリングセッションに対する500円というのがどうもエネルギー的にバランスが良くなかったらしく、終わる頃には右のまぶたが殴られたように垂れ下がり、頭がややもうろうとして足下がフラフラしました。

 

「それってやっぱりバランス悪かったんだよ~。」

 

と経験豊かなAさんに言われました。

 

う~む

体験しないと分からないことがこの年でもあったか・・・

 

イベント終了して後片付けをしてから、何だか冷ややかな雰囲気の主催者の人に適当に挨拶をして、友人と早々にそこを出ました。

 

くたびれたのでお茶でもしながら反省会しようということで近くのファミレスに行きました。

 

いろいろ喋るなかでAさんが教えてくれたのが

 

私と主催者、それぞれの大事にするものが全く違う

 

ということでした。

 

イベント主催者は、出店者への細かな連絡や配慮は後回しでとにかく開催と実行に重きを置いている

 

反して私は、イベントを通して出店者やお客様など、人との関わりや気持ちよく協力しあう点を大事にしている

 

だからお互いかみ合わないのだそうです。

 

「うちらだけでイベントなんて出来っこないじゃん?

でもあの人らは簡単にそれが出来るんよ」

 

でも、あんなやり方でいつまでも上手くいくとは思えないけど・・・

 

「人それぞれ大事にしている点は違うからね」

 

ふ~ん・・・

 

不器用かもしれないけれど

私は自分の大事にしていることを大切にしようと思いました。

 

次々と間断なくお客様が来られるイベントは、体力的に無理だなあ・・・ということも実感しました。

 

私のセッションを受けた知人の1人から

 

「蓮花さん、イベントは合わないんじゃない?」

 

と言われてしまったし・・・

 

それが分かっただけでも今回は収穫としよう。

 

 

 

翌日娘と島のレストランで慰労会をしました・・・

 

 

 

 

関東への旅 続き

2日目も関東地方は快晴。

 

大寒波到来」

 

とテレビのニュースで騒いでいたので、けっこう着こんで外に出たところ、全然普通の寒さでズッコケました。

 

時間より早めにMさんとの待ち合わせ場所に到着。

 

バス停に設置してあるベンチに座って待つことにしました。

 

忙しそうに道行く人が次々と足早に私の目の前を通り過ぎていきます。

 

私もかつては、日々の仕事に向う人の波のひとしずくだった・・・

 

あの頃にはもう戻れんなあ・・・

 

ぼんやり考えにふけっていると、Mさん登場。

 

ここから歩いて行ける場所に時宗の総本山があるとのことで、行ってみることにしました。

 

ここ藤沢市東海道五十三次の宿場町の一つで、歩く道沿いにその名残をとどめるように黒い木材の古いお屋敷が何軒か建っています。

 

関東大震災や戦争の空襲を乗り越えた建物なのだろうか・・・

 

いつ頃からの時代かは分かりませんが、時代を超えて残ったものには迫力があります。

 

郷土資料館が道路沿いにあるのを見つけて、後で行くことにし、先に時宗の総本山

 

遊行寺

 

へ行くことに。

 

当山は通称「遊行寺」の名で知られており、正式には藤澤山無量光院清浄光寺と号します。

 

開山は俣野(現在の藤沢市横浜市周辺)の地頭であった俣野氏の出身である遊行4代呑海上人です。

その兄である俣野五郎景平の寄進により正中2年(1325)に創建されました。

 

創建以来、数度にわたる戦火、火災により堂宇は度々焼失し、その都度復興してきました。

 

寛永8年(1631)に江戸幕府寺社奉行から時宗総本山として認められました。

 

現在の遊行寺は、東海道随一と謳われる木造本堂をはじめとした伽藍(平成27年(2015)に10棟が国の登録有形文化財に登録)や樹齢700年と推定される大銀杏などを有する修行道場として、また市民の憩いの場として今日に至っています。

時宗総本山 遊行寺HPより)

 

門から入ってすぐのところにそびえている、大きなイチョウの木にびっくりしました。

 

イチョウ

 

 

きちんと整えられた広々とした境内は静かで、参拝する人はほとんどおらずMさんと私の2人だけ。

 

木の葉をカサコソ踏みしめながら歩きながら、本堂に到着。

 

中に上がれる様子なので、入ってみることにしました。

 

ご本尊の阿弥陀様に手を合わせ

 

し~~~~~ん・・・・・・

 

とした堂内でしばし空間と静けさを味わいました。

 

思えば・・・

遠くへ来たものだ・・・

 

「外を歩いてみましょうか。」

 

Mさんに促されさらに境内をうろうろ・・・

 

史跡もあったのですが、勉強不足で見逃してしまい、歩き回るだけで終わってしまった次第。

 

静かな境内

 

そこから元に戻って「ふじさわ宿 交流館」という郷土資料館を見学。

 

東海道五十三次の宿場町の一つ、ここ藤沢の江戸時代の資料や映像を見て回りました。

 

そろそろ昼に近づく時間・・・

 

そこからバスでJR駅まで移動。

 

いよいよ鎌倉へ行くことに。

 

駅から歩いてあちこち眺めると、雅な古都の雰囲気が漂って瀟洒な感じ。

 

鎌倉市内ではおしゃれなレストランで食事をして、しばしリラックス。

 

「遠くから来られているから・・・」

 

とMさんにご馳走していただきました。

 

そこから古民家を改装した資料館のような所を見学している時、私に異変が起こりました。

 

2階の展示スペースを見ている時、左上腕を何かにつかまれたような痛みが・・・

 

習得したヒーリングの浄化メソッドを施すと軽くなった感じがしたのでそのままほっときましたが、ホテルに帰ってからお風呂に入って左上腕を洗っていると

 

痛っ・・・!

 

するどい痛みが残っていたので

 

ゾ~~~!

 

としました。

 

指の跡が残っていたら怖すぎるので、鏡で確認はしませんでしたが・・・

 

閑話休題

 

そして、いよいよ

 

鶴岡八幡宮

 

始まりは、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請(神様の御分霊を他の地に還し祀ること)したことです。頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。

その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造りました。

鶴岡八幡宮HPより)

 

参道がとにかく広く長くまっすぐで、周りはお店がたくさんあって人もごった返していて、賑やかな場所にきょろきょろとお登りさん状態で歩きました。

 

「この参道は北条政子の安産を祈願して作られたんですよ。」

 

Mさんが説明してくれました。

 

ひえ~~~

すっご~~!

 

ますます目を丸くしながら歩きました。

 

上を見上げると、夕暮れ近くの空に雲が重くたちこめ今にも雨が降りそうな気配になってきました。

 

私の参拝ってやっぱり喜ばれてないのかなあ・・・

トホホ・・・

 

「無礼は好まぬ」

 

突然

頭の中に言葉がズシンと入ってきました。

 

「どうされました?」

 

あの・・・今「無礼は好まぬ」って若干お怒りの声が頭の中に入ってきて・・・

 

「・・・さっき、神社の看板を足で蹴ってる人がいて・・・注意しようかと思ったけど,心の中で諫めることしか出来なくて・・・」

 

Mさんが悔しそうに話してくれました。

 

それは気がつきませんでした!

そんな○ホがいるなんて!

 

と言いつつも

 

そのことかなあ・・・

私のことかもしれない・・・

 

「平家まみれのお前が来るか!」

 

てお怒りかもなあ・・・

 

しょんぼりしながら有名な階段を歩きました。

 

この十三段目で実朝が公暁に暗殺されたということですが、皆さん普通に歩いていて特に何も感じませんでした。

 

階段を登り切ったところで突然、遠い西の雲間から夕陽が射してきて、私たちの立っている一帯を明るく照らしました。

 

あれれ・・・

 

中越しにまぶしい夕陽に目を細めました。

 

「すご~い!急に照ってきましたね!」

 

はしゃぐMさん。

 

そして、大きな拝殿前についたとたん

 

高天原に~~」

 

祝詞が始まってびっくり!

 

参拝のタイミングでご祈祷が始まるのは歓迎のしるしと聞いたことがあります。

 

まさか!

私は歓迎いただいているのだろうか・・・

 

「あるはずがない」

 

と思っていた現象があるなんて。

 

畏れ多くて、慌てて参拝の感謝を心の中で唱えるばかりでした。

 

それにしても

 

こんなにも大きく豪壮な建物はなかなか目にすることがなかったので、鎌倉幕府のご威光はすごいなあ~とひたすら感嘆するばかり。

 

また長い参道を歩きながらMさんと語らいました。

 

平清盛さんはこちらの地方では極悪人なんですよね?

 

「・・・そうです。」

 

親類縁者を次々と要職につけたり、都を強引に遷させたり、後白河法皇を幽閉したり・・・

エトセトラエトセトラ・・・ですけど、確かにワンマンぶりはあったかもしれないけれど・・・

 

突然

 

みぞおちからふわっと思いがあふれてくるのを感じました。

 

この国を

 

強く、豊かな国にしたかった

 

その思いが本当に・・・強すぎたのかもしれませんね。

 

「・・・歴史は勝者が書き換えるって言いますよね。」

 

Mさんが静かに言葉を結びましたが

 

その声には諸行無常の響きあり・・・

 

 

「ところで、気がつかれてました?」

 

はい?

 

「私たちの周り、人がいなくなってるんですよ!。」

 

見回すと、前後は50mほど、左右も道幅いっぱい人がいない状態になっていました。

 

Mさんによると大勢の人で常ににぎわう参道なので、珍しい情景とのこと。

 

う~~~ん・・・・・・

 

どういうことなんだ・・・・・・?

 

どういうことなんでしょうね・・・?

(写真はお借りしました)

 

そこからしばらく歩いて路地裏のような道を歩いて

 

ぜんざいの名店に入り一休みしました。

 

昔から有名なお店とのことで、店内は満席で外では何人も待っている状況でしたが運良くすぐに座れました。

 

私の住んでいる広島では

 

わりにまるい味の甘さ控えめなぜんざいを出すお店が多いのですが、こちらのお店は塩味くっきりと、ぱっきりとした甘いお味でそれはそれでとても美味しかったです。

 

西と東でこんなにも違いがあるのだなあと興味深く感じました。

 

地元の人ならではの場所に行けたので、Mさんに有り難く感謝。

 

そして

 

家を改修した美術館を見て回ったり、賑やかなお店が続く通りを歩いたり。

 

気がつくともう真っ暗。

 

本当にたくさん歩き回りました。

 

Mさんお疲れ様でした!

本当にありがとうございました!

 

お礼をのべ、次に会う機会を楽しみに!とお名残を惜しみながら藤沢駅でお別れしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関東への旅 

この夏に父が入院し無事退院したと思ったら、秋に入って今度は、施設に入所中の母が低酸素状態になって施設提携の病院に入院。

 

認知症でほとんど寝たきり状態の母ですが、徐々に持ち直してきて退院の話が出始めてホッとした今日この頃。

 

気分転換を兼ねて1人旅をすることにしました。

 

行き先は、今年の一月に参加したチャリティーバザーで知り合った方(Mさん)の住む神奈川県藤沢市とお隣の鎌倉市

 

Mさんとは、バザー出品のため広島に来られた際、仲良くなりました。

 

今回の旅程は2泊3日で、最終日の3日目はMさんと別れて東京に寄ってから広島に帰ることに決めました。

 

東京は、ずいぶん前に願をかけたことを叶えていただいた寺社があるため、数年ぶりのお礼参りです。

(今から思うと、なんで広島から遠く離れた東京で願をかけたかなあ・・・)

 

関東は今までの人生で数えるほどしか行ったことがなく・・・というのも私の守護の方(けっこう攻めで関わってくる)から

 

「お前は東にあまり行くな。」

 

と止められていた場所。

 

この場合東というのは、近畿地方から東方面を指しています。

 

今まで

 

出張や家族の用事で東方面へごくたま~に行くことはありましたが、旅行として行くことは全くありませんでした。

 

先ほどの理由の他には

 

私の両親は瀬戸内海に浮かぶ島育ち。

ルーツは島にあると聞いていたせいもあります。

 

もしかするとそこは・・・源平合戦で敗れた平家軍が、壇ノ浦に逃げる途中に立ち寄った島の一つである可能性はある。

 

平家の落人が何人か島に住み着いたかもしれない。

私には落人のDNAが多少なりとも入っているかも。

 

確かめたことはありませんが、小さな頃からいやというほど平清盛公はじめ平家一門が深く尊崇した厳島(宮島)に連れて行かれ、今もそれでは足りぬかのように度々参詣しているし

 

今私が住んでいる場所は音戸の瀬戸の目と鼻の先。

 

買い物やドライブの度に必ず通る場所です。

 

音戸の瀬戸は清盛さん(こちらの地域ではこう呼んでおります)肝いりで、日宋交易の航路として掘削した場所。

 

神戸の大輪田泊(おおわだのとまり)修築といい

 

物流の重要性をあの時代誰よりも理解していたのは、清盛さんだったのではなかろうか

 

と私は捉えています。

 

とにかく

 

私という人間は、平家に関することは十分に馴染んでいることは確か。

 

今回東方面というだけでなく

 

源氏の本拠地である鎌倉へ行くことになってしまった・・・

 

もし行けなくなったら,止められてるってことだよね

 

と思いつつ、何の妨害もなく出発日を迎えました。

(大げさに捉えすぎ?!)

 

出発した1日目は雲がほとんど無い温かな日本晴れ。

 

乗っている新幹線からは稜線くっきりと富士山がよく見えました。

 

 

幸先いいぞ・・・

 

と思いながら、新幹線の新横浜~横浜駅藤沢駅と乗継ぎながら移動しました。

 

途中の横浜駅では迷ってしまい駅員さんにホームを聞いたりしながら乗継いで、Mさんと待ち合わせの藤沢駅で無事合流。

 

久しぶりに会うMさんは、相変わらず輝くような笑顔で出迎えてくださいました。

 

駅近辺に予約しておいたホテルに荷物を預け、まずは藤沢市の観光名所の一つ

 

江島神社えのしまじんじゃ)へ。

 

ご祭神は、天照大神あまてらすおおみかみが須佐之男命すさのおのみことと誓約された時に生まれた神で、三姉妹の女神様です。

 

・奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)

中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)

辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)

 

この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神(えのしまみょうじん)と呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます。

江島神社HPより)

 

藤沢駅から私鉄の線路で最寄りの駅で降り、そこからは徒歩で向いました。

 

その前にまず腹ごしらえ。

 

風がびゅうびゅう唸るように吹きつける中、紅茶専門のカフェで軽くランチ。

 

Mさんは食べきれないと残されましたが、私は遠い東の地への旅行の緊張と、アドレナリンが出ていたせいか完食。

 

カフェを出て、賑やかな参道を山手の方へどんどん歩き、エスカレーターに乗ったりして、辺津宮に到着。

 

境内はたくさんの人で賑わっています。

 

拝殿の方へ向って歩くと

 

あれれ・・・

 

頭が左方向に引っ張られます。

 

あの・・・こっちに引っ張られるのですけど、何かあるんですかねえ?

 

Mさんは不思議そうな表情をしつつ

 

「まずは参拝しましょう」

 

と拝殿で手を合わせました。

 

手を合わせてご挨拶してから、私は実家用にお守りを購入してまずは右奥に進んでみましたが、行き止まりでした。

 

左に向って戻ると八角形の奉安殿というお堂が目に入りました。

 

拝観料を支払って中に入れるようになっています。

 

Mさんも行ったことがないとのことで、拝観することに。

 

外は賑わっていますが、小さなお堂の中は私たち以外誰もおらずしんと静まりかえっています。

 

ガラスごしに弁天様が二体おられ、一体は着衣の八臂弁財天(はっぴばんざいてん)さま、もう一体は真っ白な裸のお姿の妙音弁財天さま。

 

このお二方が何というか・・・生きているようで、特に妙音弁財天様の目がキラキラと輝きこちらをじっとご覧になっているように見えます。

 

白く輝くような妙音弁財天さまをじい~と眺めつつ手を合わせていると

 

願いはないのか?

 

ヒョイッと頭の中に聞こえてきました。

 

え・・・あ・・・あの・・・こちらの弁財天さまが「願いはないのか?」と言われてます。

 

Mさんは直感がするどく、この手の話は大丈夫な方なのでお話ししてみました。

 

「お願い?はい!」

 

といってMさんはゴニョゴニョと何かつぶやきつつ手を合わせました。

 

すると

 

「それだけか?欲が無いのう・・・」

 

と聞こえてきたのでMさんにそれもお伝えました。

 

「ホホホホホ・・・・」

 

と妙音弁財天さまが今度は笑っておられます

 

と言うようにほぼ同時通訳のようにMさんにお伝えして、何だか私もぼお~としてきました。

 

Mさんは

 

「ほら、あそこ!弁天様のシルエットが動いてる・・・」

 

とガラス越しに見える影をさして目を丸くしていました。

 

この妙音弁財天さまはMさんばかりじっとご覧になられているようで、私と立つ位置を変わってみてもMさんに視線が動いているように見えました。

 

ウソかマコトかは別にして、このお堂の中はそんな気持ちにさせる不思議な空間でした。

 

Mさんは弁財天さまに気に入られている気がして

 

こちらのお堂にちょくちょく来られるときっと弁財天さまが喜ばれると思いますよ

 

とお話しました。

 

Mさんは、江島神社には来たことが何度かあるけれど、このお堂には初めて入ったとのこと。

 

お堂に入らずとも、弁財天さまはMさんを以前から気にかけておられたのかもしれません。

 

Mさんを想う弁財天さまとMさんを仲立ちできたみたいで、何だかほっこりと嬉しくなりました。

 

この後はずいぶん歩き回ってくたびれたので、カフェのある場所でジェラートを食べながら相模湾を一望できる場所で一休み。

 

海をはさんで遠くに富士山のシルエットがくっきり浮かんでいます。

 

たくさんの人がスマホで写真を撮りながら

 

「富士山が見える!」

「来た甲斐があったねえ!」

「良いことあるかなあ・・・」

 

と口々に喜びの声を上げていました。

 

中には涙ぐんでいる人も・・・

 

姿を見せるだけで富士山にはこんなにも気持ちを高揚させる力があるのか・・・

 

私も目に焼付けるように富士山を眺めました。

 

遠くにくっきりと富士山のシルエットが・・・

 

夕陽が沈む相模湾

 

だんだん薄暗くなってきたので、山を下りることにしました。

 

途中断崖絶壁の場所があって、海からの吹き上げる風が実に心地よかったです。

とても雰囲気のある場所でした。

(もしかして名所かもしれないけど・・・)

 

また私鉄の電車に乗って藤沢駅まで戻り、もう真っ暗になっていたので明日の待ち合わせの時間と場所を決めてMさんと分かれました。

 

クタクタだったのでホテルに入りチェックインし、部屋に入って熱いお茶を入れて参道で買ったお饅頭で一服することにしました。

 

お昼が遅かったし、興奮しているせいか全くお腹が空かず、この日はお茶とお饅頭が夕食になりました。

 

少し休んでからホテルを出て、Mさんに教えてもらった駅近くの大きな本屋さんへ行くことにしました。

 

藤沢駅周辺はデパートやお店がたくさんあって本当に賑やかで便利!

 

本屋さんでは見て回るだけで何も買わずに出て、少し周辺を歩いてからホテルに戻りました。

 

お風呂にお湯をためてはいったところ、温泉のような温まり具合で驚きました。

 

お水も美味しいし、どこの水系なのだろうと思ったけれど疲労で頭がもうあまり回らなくなっています。

 

枕が違うのが気になって寝付きはよくなかったけれど、無事1日を終えられたことに感謝しつつ眠りにつきました。

 

 

雨の日の宮島

小雨が降りしきる秋のある日。

 

娘と安芸の宮島に行きました。

 

うちから車で2時間弱の運転で宮島口のパーキングに到着。

 

そこからフェリーに乗ります。

 

宮島の桟橋に降り立つと、もう空気感が違います。

 

やっぱり神さまの島じゃねえ~~!

 

と娘と言いながらてくてくと割と人通りが少ない町屋通りに向う道に進みました。

 

娘も私も人混みは苦手。

 

なので、最近は海沿いの参道を通らず、こちらの道を通って厳島神社に向います。

 

しばらく歩いてなぜか首がくるっと横を向きました。

 

 

目の先に階段が続きその向こうに鳥居がありました。

 

 

ここに神社があるなんて、何十年と宮島に通いましたが初めて知りました。

 

日頃の運動不足を嘆きながら階段をあがりました。

 

今伊勢神社

ご祭神 御祭神 天照大神八幡大神春日大神素戔嗚尊猿田彦神、興津彦命、興津姫命

ネットで調べると伊勢から勧請されて来られたとのこと。

 

手を合わせると

 

柔らかく静かな女性の雰囲気のエネルギーを感じました。

 

ようこそ参られました・・・

 

と聞こえたような気がしました。

 

頭に金色の冠

白い衣装に青地に黄色の刺繍模様が入った帯を長く腰から垂らしたお姿が脳裏に浮かんできました。

(最近はイメージしたものはそのまま受け入れることにしています。)

 

ここは

 

赤い大鳥居が真横から見え、街を一望できる眺望のよい場所です。

椅子も設置されてゆっくり出来そう。

 

大鳥居が真横から見えました

 

こんな看板を見つけました

 

実はこの場所は ↓

 

毛利元就が陶氏との合戦にそなえ築城した宮尾城の城跡。小丘の最高部(27.1m)に本丸、東に二の丸、西北・西南の尾根に出丸がありました。ここから陶軍が陣を敷いた塔の岡(現在は豊国神社と五重塔が建つ場所)が一望できます。

(広島公式観光サイト HPより)

 

後からネットを検索していて

 

そうだったか!と。

 

でもこのときは

 

誰も来なさそうな雰囲気・・・

 

とただ周りを散策して景色を眺めるだけで、歴史の感慨に耽ることもなく過ごしました。

 

今日は娘のお守りをお返しして新たなお守りを購入する目的があったので、後ろ髪を引かれる思いで先を急ぎました。

 

雨が降っても道は相変わらずの賑わい。

 

厳島神社は人の列が長く続いていたので、今回は参拝を見送りました。

 

赤い社殿を右手に見ながらさらに歩いて、大願寺に到着。

 

日本三大辨財天の一つとされている厳島辨財天様がお祀りされているお堂に向い手を合わせました。

 

いつもセッションをお願いしている霊能者さんによると、陽気でやさしい辨財天様とのこと。

 

賑やかな場所がお好きだそうで、宮島の街中にもよく繰り出されるそうです。

 

お賽銭を入れて手を合わせてからゆっくり境内を見渡すと、お堂の屋根の上に大きなどなた様か存在を感じました。

 

大きさにして5mぐらい・・・という雰囲気。

 

変な説明ですが、5mぐらいの何かというか、そんな感じがするのです。

 

辨財天様は大きいと聞いたことがあるので、雨が降る中屋根の上にこの日はおられたのでしょうか。

(雨は問題ないのかな?)

 

それから

 

娘のお守りを購入するため、さらに歩いて大聖院に向いました。

 

ここでも長い参道の階段をえっちらおっちら歩きました。

(嗚呼!運動不足!)

 

ご本尊の十一面観音様と波切不動明王様をお参り。

 

この頃になると歩きくたびれて、十一面観音様のお堂に上がりしばらくぼお~と時を忘れて過ごすのがお決まりのパターン。

 

今日は十一面観音様のお顔がいつもよりくっきり見えるのが不思議。

 

癒やされるなあ~~

 

と思いつつ、ピシリとこちらを見られている感じもして。

 

娘は私より元気で、さらに上の建物に行こうとしましたが、私の足がギブアップ。

 

娘1人しばらくあちこち歩き回っておりました。

 

大聖院

人工の霧の演出がありました

ビックリしました・・・

 

 

お守りとお線香を買ってから大聖院を出ると、お茶とともにもみじまんじゅうをいただけるお店を見つけて一休み。

 

お土産に6個入りの箱を買って、少し早いけど帰ることにしました。

 

大体いつもこんな感じで宮島行きを楽しみます。

 

でも

 

何度行っても

何度お参りしても

 

いつも心新たにうきうき弾む楽しさがあるのが不思議。

 

もっと季節がよくなったら、弥山もまた行きたいなあ・・・と考え中。

 

それまでに運動不足を何とかせねば・・・