観えたこと想うこと草子

旅と歴史をメインに少しスピリチュアルなお話を綴ります。

紀州熊野三山と奈良県玉置神社をめぐる旅

4月に入ってまもなくのある日。

5年来行きたかった紀州熊野三山と奈良の玉置神社へ2泊3日で行きました。

 

5年前にツアーに1人参加して実に楽しかったので、又行きたいと思い続けて(コロナや夫の反対やらを乗り越え)やっとこの度実現しました。

 

あの時中学生、小学生だった我が子達も大学生と高校生。

二人とも自分の食べる分ぐらいは食事の支度も自分で出来るようになり、その辺の後顧の憂いも減少しました。

 

5年前の旅行は仕事をしていたので旅費は問題なかったのですが、今は専業主婦。

夫が来ない1人旅で出してとも言えず、コツコツ貯めたへそくりを算段しました。

 

広島から遠く離れた場所でレンタカーを借りての2泊3日の1人旅は生まれて初めて。

 

何で決行したのでしょう・・・?

 

分りません。

 

でも、なぜか行かなきゃ行けないし行きたい。

 

ということで1番早い船に乗って島から出発。

 

前回行ったツアーと同様の場所へ行くことにしました。

 

和歌山県

神倉神社→熊野速玉大社→熊野那智大社熊野本宮大社の順で周り

 

最期に

奈良県 玉置神社

 

新幹線と特急を乗り継いで和歌山県新宮駅まで行き、ここからはレンタカーを借りて移動を開始!

 

と軽快にいきたいところ、元々が虚弱体質で移動時間の長さで消耗しきって、新宮駅に着いたときは頭痛とめまいでふらふら・・・

土砂降りの中レンタカー屋さんまでふらつく足取りで向かいました。

 

最初の参拝予定だった神倉神社が鎮座する場所は山中なので、その辺の事情を店員さんに聞くと

 

「この天気だと下りが危ない。やめておいた方が良いですよ。」

 

とのことでこの度は断念。

 

まあ、この体調だと元々無理だったかとすっぱりあきらめもつき、熊野速玉大社に向かいました。

 

この神社のご由緒は↓

 

熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社総本宮です。

今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申します。            

御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)・熊野夫須美大神 (いざなみのみこと)を主神に、十二柱の神々を祀り上げ、新宮十二社大権現として全国から崇敬を集めています。

(熊野速玉大社HPより抜粋)

 

 

初めての一人レンタカーに表情には出さずとも心臓が飛び出るくらいドキドキしながら

出発しました。

 

昼下がりのやや小ぶりになった雨の中、駐車場に着いて車を降りるとすぐ足下に鳩が1羽やってきました。

 

あげる餌ないよ~

 

と心の中でつぶやきつつ、ズキズキする頭を気にしながら鳥居でお辞儀をしてから境内へ。

 

大きな梛(なぎ)のご神木に驚きつつ、参拝しました。

 

前回は拝殿を入ったすぐの所で宮司さんの説明でツアーの皆さんと熊野曼荼羅絵解きのお話を聞いたんだった・・・

 

と手を合わせながらその場所を見つけて懐かしく思い出しました。

 

ザクザクと砂利を踏みしめながら写真を撮るのにアングルを決めていると、バサバサっとさっきの鳩さんがまたそばにやってきました。

 

あらま、ここまで来たか、餌無いのにと思いつつしばらく周りを眺めて、夕暮れがせまる境内の雰囲気を楽しみました。

 

こちらの神社は、とても繊細なエネルギーを感じる・・・と思いました。

 

境内の雰囲気は気持ちよくてもう少し居たかったところですが、頭痛とめまいは治まらないし雨で肌寒いし、そろそろ宿に向かおうと車に戻ることにしました。

 

車に乗り込もうとするとまたさっきの鳩さんが飛んできて、もしかしてお見送りに来たのかと(勝手に思い)手を振ってお別れしました。

 

本日の宿がある那智勝浦に向かいます。

 

宿に入って食事前にまずこの体調を何とかしようと大浴場に入って温まることにしました。

 

砂浜に寄せる波の音がすぐ近くに聞こえて非常にリラックス出来ます。

 

温泉ではありませんが、備長炭をふんだんに使用したお湯は柔らかくてまるで温泉のような感触。

 

食事をした後は頭痛とめまいを治すべく頭のツボ押しをしてから早めに就寝しました。

 

ドキドキの1人旅第1日目が無事終わりました。

 

 

朱塗りの鳥居が美しかったです

 

社殿をのぞむ