ひょんなきっかけで知り合ったCさんからこの神社のことを教えてもらいました。
交通安全のご利益で有名な神社です。
私は4才から結婚前まで廿日市市隣の広島市佐伯区にある五日市という場所に住んでいました。
この神社のことは子供の頃から知っていましたが、なぜか参拝したことはありません。
当時の私の家からは車が無いとなかなかたどり着けない場所にあり、距離は近いけれど簡単には行けない位置にあったせいかもしれません。
ご祭神は
飽速玉男命(あきはやたまおのみこと)
速谷神社のHP↓
当社の歴史は非常に古く、ご鎮座の年代は明らかではありませんが、安芸国の民が大神の恩徳を敬慕し奉斎した創祀千八百年となる古社です。
領民に慕われた古代の安芸国豪族首長の政庁跡なのかお墓だったか、そこに神社が作られたのだろうか・・・と思いました。
この度参拝に及んで、広島県西部(安芸国)に長く住んでいながら、ずっと手を合わせてこなかった自分を省みて少し残念に思いました。
まあ、何事もタイミング。
山口に住む親の用事を午前中に済ませ、その帰途に参拝に伺うことにしました。
ナビに従って広島市内に向う西広島バイパスから途中左に折れ、ゆるい坂道になった広い道を車で走っていくうちに大きな石造りの鳥居が見えてきました。
ややシャープで爽やかな印象を受けます。
鳥居を過ぎて左側道脇にある広々とした駐車場に車を乗り入れ停車し、ドアを明けた途端
ドドン
太鼓の音が響きました。
鬱蒼と茂った垣根越しに、車祓いのご祈祷をしている様子がうかがえました。
車から降りると、初夏の木々の香りが鼻腔をくすぐります。
参道は緑したたる木々のトンネル状態で、幻想的な雰囲気を味わいながら歩きました。
立派な造りの楼門をくぐり境内に入ると、ベルガモットとシダーウッドの精油を合わせたような甘酸っぱい馥郁とした香りが周囲に漂っていて驚きました。
・・・いい匂い!
木の香りなのか、お香を焚かれているのか分りませんが、実に良い香りに包まれながら歩を進めました。
太いしめ縄が下がっている拝殿の前には風鈴棚というのか、沢山の風鈴が下げられていて、風が吹く度、涼やかな音が鳴り響きます。
良い香りと音色に包まれて・・・しばしうっとり。
茅の輪くぐりが設けられていたので、作法通りくぐってさっぱり!とした心持ちになりました。
拝殿前にて、長く安芸国(広島県西部)に住んでいながらこれまで参拝していなかったお詫びと今日の参拝の感謝を心の中で宣べました。
境内の雰囲気はどっしりとした落ち着いた雰囲気。
こちらの神さまに交通安全をお願いしたら、本当に心強く安心して運転できる気がしました。
それから拝殿の左側に進むと、木に囲まれた「岩木神社」という小さな祠が祀られていました。
「岩木翁神」がご祭神とのことで、確かにお爺さんのイメージが湧いてきました。
きちんとした雰囲気のお稲荷さんの祠もあります。
境内の隅々がきれいに整備されていて、誠に気持ちの良い空間。
それから境内を過ぎて、裏の山手の林にも入ってみました。
少し歩くと、歴代の宮司さんのお墓が少し上の位置にひっそりと建っています。
車がビュンビュンひっきりなしに走る道路が近くを通り、民家もそばに建っている現在ですが、昔はここはもっと深い森でさらに深遠な雰囲気だったろうと想像してみました。
広島は山がほとんどを占めている地形ゆえ江戸時代の新田開発が盛んだったはず・・・
なので
古代は海岸線がこの神社のもっとそばまで迫っていたのではなかろうか・・・
現代のように高速道路や大型トラック、鉄路が無かった時代の物流は陸路よりも海路がメインだったろうから、交通安全祈願の元々の趣旨は海路の安全を願っていたのではないか
・・・
先述のCさんとの会話を思い出しました。
郷土の歴史を折に触れこれからも調べてみようと思いました。
(のんびりと)
いろいろ思いに耽りながら来た道を戻り、鳥居前から宮島も望むはるか遠くまで見渡せる場所に立ちどまり
ご祭神様もこの景色を眺めておられるのだなあ・・・・・・
しばし眺めてから名残を惜しみつつ家路に向ったのでした。

鳥居の前から

緑のトンネルをしばらく歩いて振り返って鳥居を撮影
厳かな雰囲気に満ちていました

楼門

拝殿前に設けられた風鈴の棚
良い香りが漂っていました

1800年という歴史にびっくり!

拝殿脇にあった阿岐國造の石碑
当社にお祀りする飽速玉男命は、古代、安芸国を開かれた大神です。成務天皇の時代に、安芸国造(あきのくにのみやつこ)を賜り、広く国土を開拓し、産業の道を進め、交通の便を開き、安芸国の礎をつくり固められた安芸建国の祖神です。(速谷神社HPより)

車の祓い処

境内から林を撮影
とても静かな空間でした